2004年度 第1回 ピア大阪人権講座報告

障害者欠格条項を考える
〜聴覚障害者の立場から医師法を見る〜

講師 牧口 一二さん(「障害者欠格条項をなくす会」よびかけ人)
    藤田 保さん(琵琶湖病院医師)  竹澤 公美子さん(滋賀医科大学学生)
日時 2004年8月21日(土)13:30〜16:30
場所 早川福祉会館     参加者 55名

障害者欠格条項

講座様子画像 「障害者欠格条項」とは、心身の障害を理由に免許取得などを制限している法律や政令をいう。欠格条項には、その人の能力や資質に関係なく一律に資格取得などを認めない「絶対欠格」と、行政などの裁量で可否が決められる「相対欠格」の二つがあり、医療関係のほとんどは絶対欠格である。
 今回の人権講座ではこの欠格条項、特に医師法について取り上げ、聴覚障害をもつ精神科医の藤田保さんと、聴覚障害者で臨床医を志望する竹澤公美子さんにご自身の体験や思いについて語っていただいた。また、コーディネーターとして「障害者欠格条項をなくす会」よびかけ人である牧口一二さんを招き、司会進行と合わせて欠格条項の基礎知識と現状についてお話を伺った。

牧口さんより「欠格条項の基礎知識と現状」

牧口さん画像 牧口さんは1歳でポリオ(急性灰白髄炎)にかかり、足に障害をもっているが、いざ就職しようとするときまで、障害者問題が世の中にあるとは感じなかったそうである。
 「それまでは足に障害があっても、手に職があれば何とかなると思っていた。しかし、いざ就職しようとすると全くできなかった」
 牧口さんは、障害者欠格条項があるのは、世の中の障害者観がマイナスイメージで考えられているからだと考える。
 かつて医師法には聴覚障害者に医師免許を与えない趣旨の条文(欠格条項)があり、医学部に進学して研究医になる道はあったが、実際の診療にあたる医師になるのは困難だった。同法は2001年に改定され、障害を補う手段があり、業務に必要な意思疎通ができれば、免許取得が可能になった。
 「私が国会で医師法改定を求めたとき『障害者の気持ちは分かるが、医療水準は落とせない』と言われたが、私は『障害者がお医者さんになったら、医療水準は上がります』と言った。冷静に考えて、私の言葉は間違ってないと考えている」
 「医師法は何度も改定されているが、言葉の表現を変えるのみで、根本的な精神は疑問をもたないままである。世間が考えている障害者観を変えていかないと、根本的な問題は解決しない」と牧口さんは述べた。

藤田さんより「中途障害の医師として」藤田さん画像

 藤田さんは医大卒業後の1977年に聴神経の病気で聴覚障害を負ったが、現役医師として琵琶湖病院の聴覚障害者外来で患者を診療し続けている。病院側に理解があり、手話を習得した看護師など約20人が手話通訳などで助けてくれているそうだ。
 「私は聞こえなくなって25年。克服ということを考えると、まだまだできていない」「聴覚障害者は周りから理解されにくい。コミュニケーションが取れず、人間関係に支障が出る。そういう中で、喪失感・疎外感が強い。自信をなくす。自信がないと自分には価値がないと思う。これからどうやって生きたらいいかわからない。中途失聴というのは、かなりの人が自殺を考えるという重い体験です」
 聴覚障害者外来ができて12年目。聴覚障害者が受診すると、患者のコミュニケーション手段に応じて病院の職員が対応する。
 「聴覚障害者外来をするようになって、仕事の内容も変わりました。それまでは患者さんを診察する機会は少なく、レントゲンの判読や脳波検査が多かったが、患者さんと接するようになりました。継続すると状況が変わると感じています」

竹澤さんより「どう生きるかを考える」

竹澤さん画像 竹澤さんの耳が聞こえにくくなったのは2歳の時。診断の結果「感音性難聴」だとわかった。補聴器を使い、相手の唇の動きを読んで日常的な意思疎通は可能なため、高校まで一般の学校に通学。
 「高校3年の夏に大学見学をしたとき、初めて欠格条項について知った。入試の直前に改正されたことを、友人から知らされた」
 「欠格条項に関しては苦労しなかったが、大学に入ってからが問題だった。専門用語が難しく、一割も理解できなかった。講義にも出なくなり、結果として留年となった。聞こえないからではなく、聞こえない状況に対して努力しなかったのが原因。回り道をしたが、そうやって医師になりたいと思った」
 講義をしっかり聴くことができるようにと、大学の教授のアドバイスもあり、補聴器よりも感度のよい人工内耳を右耳に埋め込むことを決意。大学を休学し、昨年6月に手術を受けた。
 「人工内耳の手術をしてから、近況報告を兼ねて毎日母に電話をしています。補聴器をつけていたときは、電話は全然使えなかった。やっぱり耳だけで聞くのはすごく不安があります。だけど、自分で『できない』と思ってしまうと、それは本当にできないことになってしまいます」
 「できなくてもいいが、考えなくてはいけないのは、自分が何をしたいかということ。欠格条項そのものより、欠格条項を変えようという障害者自身の意識が大切。これから必要なことは、障害をもつ人たち自身の周囲へのアプローチであり、その結果として欠格条項も撤廃されていくと思います」

会場からの質問

 「視覚障害のある人に対する運転免許について、法律には『場合によっては認める』とある。目の見えない人が運転したら、まわりが危ないと思うが」という参加者からの意見に、牧口さんは「本当に危なかったら、本人が乗らないでしょう。本人が一番命の危険にさらされるから。全盲の人は絶対に免許が取れないのではなく、時代が進んで、目が見えなくても運転できる車ができるかも。そういう車ができてから法律を変えるより、はじめからそういう法律がない方がいいのでは」と答えた。
 藤田さんには「障害をもつ医師が医療ミスを犯すと社会的に大問題になるのでは」という質問があった。藤田さんは「今の法律では、医師の業務を適正に行えて、必要な認知、判断、意思疎通ができれば問題はないとなっている。もし医療ミスが障害と関係があるのなら、法律をきちんと運用していないことになる」と答えた。
 竹澤さんは「大学での講義保障はあるのか」という質問に対して「同級生らが『ソレイユ』という学生のサポートサークルを結成し、ノートのチェックをしてくれるよう教授にかけあってくれたり、前年度のノートや資料を提供してくれたりと、周りが助けてくれています。いい環境が整っています」と説明し、また、人工内耳について聞かれ「人工内耳の手術をして、今まで音がないと思っていたのが、もっと広いところまであるとわかった。傘にあたる雨の音とか。人工内耳については賛否両論あると思うが、手術の適応がある人には、私は受けることをお勧めします」と答えた。

まとめ

 「まだまだ障害者は誤解されていることが多い。欠格条項の内実は偏見に満ちてええ加減。一つの障壁を取り除くことによって、可能性を広げていけたらと思う」牧口さんの発言で講座を締めくくった。
 当初、障害者欠格条項全般を取り上げるつもりであったが、一方でどのようにして困難を乗り越えたか具体的な話を聞きたいということもあり、聴覚障害者に絞った設定となった。この結果、受講者も聴覚障害当事者が高い比率を占めることとなった。
 また、福岡・石川・広島など遠方からの参加者も目立ち、この問題の関心の高さが感じられた。
 参加者からは、「非常に中身が濃い話が聞けた」「次回はいつか」など好評であった。


読売新聞西部本社版の夕刊に、
人権講座についての記事が掲載されました


今回の人権講座に参加されていた、北九州でご活躍のライター 小椋知子さんの
読売新聞西部本社版(夕刊)での連載記事「まちの風 四季の色〜小椋知子便り」(2004年10月23日掲載)に、
当日のようすが取り上げられました。
ヨミウリオンライン九州発での連載ページ
「まちの風 四季の色 小椋知子便り」(04.10.23掲載)
■できないって、誰が決めるの?  からもご覧いただけます。
ヨミウリオンライン九州発
http://kyushu.yomiuri.co.jp/

■連載■「まちの風 四季の色〜小椋知子便り」
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/ogura/ogurafr.htm

(04.10.23掲載分より)
■できないって、誰が決めるの?
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/ogura/ogu/ogu041023.htm




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