■表紙 ピア大阪ニュースドリーム32号 2010年9月発行 障害受容を問い直す 第1回 写真:第1回人権講座「知的障害のある人の介助仕事」のひとこま 会場後方から見た舞台に、司会と講師と全体手話通訳者が並んでいる。 ◎お知らせ 「ピアステージ2010」を2010年12月4日(土)午前10時から午後3時に開催します。早川福祉会館4階ホールにて、唄や踊りや劇など地域に開かれた楽しいステージを繰り広げます。 ふるってご参加ください。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------- ★内容★ ◎連載企画!!「私にとっての障害受容」シリーズを問い直す ◎投稿 ボーダーラインの子をもつ親の思い ◎つぶやきコーナー 第1回 玉木建一(たまき・けんいち)さん ※このニュースドリーム32号では、大見出しの先頭には■、小見出しには◎を付けています。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------- ■連載企画!! 「私にとっての障害受容」シリーズを問い直す イラスト:封筒と一輪の花  当事者なら障害があることで一度は悩みしんどい思いを抱えたことがある人は多いと思います。障害受容ができにくい理由は人それぞれですが、何かをきっかけにもっともっと自分を好きになって楽しい人生を送ってもらいたいという願いを込めて『ニュースドリーム』では当事者の方々の障害受容をめぐっての連載をしてきました。これまで15回にわたって連載してきたものを、一度立ち止まり、新たな発想で企画していこうと考えています。 ◎座談会出席者  出席者のうち西野(にしの)さんと松田(まつだ)さんはピア大阪の情報提供・発信事業委員です。  西野 智子(にしの・ともこ) 骨形成不全友の会大阪支部長。    三児の母、長男は骨形成不全、次男と三男は知的障害。  松田 博幸(まつだ・ひろゆき) 大阪セルフヘルプ支援センター代表。    大阪府立大学人間社会学部社会福祉学科准教授。  西留 一浩(にしとめ・かずひろ) 編集スタッフ。  萬井 宗子(よろい・もとこ) 編集スタッフ。  野谷 靖(のたに・やすし) 編集スタッフ。 ◎「障害受容」を問い直す  ピア大阪には事業を進めていくための事業委員会が6つあり、ニュースドリームの編集、発行については、情報提供・発信事業委員会が担当しています。5月13日木曜日に開催された今年度第1回目の情報提供・発信事業委員会の場で、2010年度のニュースドリームの編集方針について討議したのですが、その中で、連載を続けている「私にとっての障害受容」について話し合いました。  「障害受容」の連載がこれまで通りの進め方で良いのか、新しい企画で行ったらどうかという議論になりましたので、連載については今年度は中断し、そもそも障害受容とは何なのかについて、今回と次回の2回にわたって、座談会形式でお伝えすることになりました。 野谷(のたに):「障害受容シリーズ」をお読みになって、いかがでしょうか? 西野(にしの):障害受容ってあんまりわからない。自分の下の子二人を見ていて、どれだけ障害受容ができているのか、わからないことだらけ。言葉として障害受容について文章にできるかというと、できないやろうなと思う。これまで障害受容の記事を書いておられる人は、自分自身のことがわかっている人だろうと思う。また、私は肢体不自由なので、精神障害のことは知らないし、わからない。書いておられることはわかるが難しいなと思いながら読むだけです。私は、自分の子どもと共通点があるかなという問題意識で読むが、共通点は見出せない。 西野(にしの):自分の子どもに教えて、わかることは確かにある。あなたはこうなのよと教える。しかし、子ども自身の中では消化できていないと思う。子ども自身が本来の意味で、子ども自身がしなければいけないものなのか、難しい。私も本人がどれだけしているか、外見を見て感じることしかできない。 野谷(のたに):三人お子さんがおられる内の、下のお子さん二人のことですね。 西野(にしの):30年近く、あの子たちと接している。私はあの子たちのことをわかっているのか、あの子たちも私に言えているのか、私の障害が重度化して、これから先、あの子たちが生きていけるのか? 本来の意味での自立ができていない。言われてみて、ようやく、その方向に進めるといった感じ。私は不安ばっかり。 二人ともボーダーラインで、療育手帳はいただいた。役所の案内通りに行った時に出た。 今まで一切してこなかった。小学校で教えられたことは、大人になれば到達点は一緒やと言われていたのに、あの子らの責任をとってやることができない。 2分の1働けば、後は障害基礎年金で補填される。そんな土台の上に補填すれば、あの子たちは生活できるのかなと思う。そこのところが、社会の中でどれだけしてもらえるのか。外見上は「普通の子」に見える。しかし、話してみるとちょっとずつ違う。「普通の子」やんかという人もいる。そういうものなのかな? 西留(にしとめ):今までの「連載企画!!私にとっての障害受容」のシリーズには偏りがあったのではないか。たくさんの人に書いていただいたが、当事者であり支援者という方が多い。生き辛さやしんどさと対峙しながら、自分たちの活動の中に生かしていった方。障害受容できているか否かではなく、生き辛さとどう向き合うのか、生き辛さはあるが、何かに取り組むことによって解決に向かっている。ある意味できすぎている。 障害って何やねん? 生き辛い、それを感じつつ活動を通して自分をとらえなおしている人にスポットライトをあてている。ピアカウンセリングに出会って変わったとか、施設を出て変わったとか、子が生まれて変わったとか、支援センターでうまくいった人のケースばかりでなく、攻めあぐねている人も取り上げていくべきだろう。全部ハッピーエンドで終わっている。 西野(にしの):「障害受容」シリーズは、頭がピカッと一本通っている人ばっかりという印象。知的障害がある方がどう表現するかは、一切出てきていない。頭の中がクリアなら、障害受容についても可能だろう。角度を変えて、知的障害のある人は、障害受容を書いてくれるだろうか? 自分がどれだけ生きにくいかを書いてくれるだろうか? 親がカバーしている部分もあるだろう。知的障害者は書きにくいと思う。自分を客観視するということが苦手な人たち。自分一人で生きていくということが理解しにくい人たち。軽度の知的障害であっても、そのくらいしかわからない人たちが多い。 障害受容シリーズを読んでいて、いいよな〜と感じていた。頭がクリアなら書ける。手が不自由でも口述筆記が可能。知的障害者の場合、どうなるの? と感じていた。 西留(にしとめ):ピア大阪の方向性としては、障害受容シリーズをもうしばらく続けて、一定の分量をクリアすれば、障害受容に関する本としてまとめようかという線で考えていたが、このままの企画で本を出すと良くないですね。 西野(にしの):障害受容という大きなくくりでは、今のままでは不充分だと思う。 松田(まつだ):そう思いますね。読ませてもらって感じるのは、書いてられる人も、本当は割り切れない部分があるが、あえて割り切って整理して書いておられる。本当はもっとごちゃごちゃしているのでは? テーマで依頼されたら、わかりやすい話を書いてしまうものだから。 西野(にしの):本を出すことを考えているのなら、障害受容でこう克服しましたというのが今までの文章。でもそれは一部の人。それを障害受容だと大きく出すのには、私は否定的。 例えば、私は横から見て、私の子どものことで障害受容について書けない。 野谷(のたに):知的障害当事者で書いてくれそうな人は思い当たりますか? 西留:障害のとらえ方や、受容について、今までの企画では偏りがある。できるかどうか難しい、その人たちのことをどうとらえるか? 障害受容を定義していかなければならない。 今、議論したことをニュースドリームに載せたら良い。障害受容についてどうなのか。あり方を考える。定義づけできるか? 西野さんのおっしゃった意見のような感じで、障害受容について否定的な意見を書いてもらうのも良い。いろんな考え方や、議論したことを載せたり、障害受容に異議を唱える西野さんの意見のようなものも載せて、別の視点からアプローチしてみたらどうか。障害受容なんてできない! とか、知的障害者自身の障害受容について、知的障害者との関わりの深い人から書いてもらうとか。 西野(にしの):知的障害のピアカンのリーダーの方には、ピアカンするぐらいの力量があるということは、文章力もあるのかな? 少しはわかるのかな? ピアカン可能だということは、人の話を聴いて、消化して、言葉にも出してするわけでしょう? 西留(にしとめ):できる部分とできない部分の強弱はある。ピア大阪の知的障害者ピアカウンセリング講座では、その人の言葉で、周りからサポートしている。 松田(まつだ):ピアカウンセリングとは共有することだが、言葉をこえたわかちあいというのもあるのではないかと思う。 西野(にしの):ピアカンされるぐらいなら、障害受容はわかるの? 松田(まつだ):ピアカンされている人に会わないとよくわからない。会って、まじわった時に、障害受容についても感じるものがあるかと思う。 西野(にしの):私の場合、側に二人もいるが、話していてもわからない。 野谷(のたに):知的ピアカンのリーダーに障害受容について書いてもらえる可能性は? 西留(にしとめ):今の議論の延長線上にその選択肢はない。定義をし直さないといけない。たとえ書いてもらえたとしても、ピアカンに出会って良かった、知的障害の人たちのスッキリできる場を作っていきたいとおっしゃるだけと思う。それはそれで良いが、もう少し企画をねる時間が必要だと思う。 座談会を定期的にやって、障害受容について考える機会を設けるのはどうか。そもそもこれで良いのか? 情報提供・発信事業委員会の中で話し合われたことを載せる。今後も話をつめていって、障害受容シリーズをこのままの形で続けてやるかはわからないが。 松田(まつだ):「障害受容」「自立」「エンパワメント」「リカバリー」いろんな言葉を使うが、言葉の意味がかたまっている。「エンパワメント」には「エンパワメント」の物語があって、書く時にそれにとらわれる。自分の物語を作ってしまう。枠にはまらない部分が実際にはあるにもかかわらず、とくに専門家はそういうことをしがち。 当事者が語る場合も、「自立」の物語、「障害受容」の物語にとらわれてしまう。 そういった言葉をとおして一定の考えが広がることの意味はあるが、一方、単純じゃないことは無視されてしまう。 沖縄ひめゆり記念館で語り部をやっていて、元学徒が語りをしていた。話の中身は凄惨だが、立て板に水のような整理されてわかりやすい話になっていた。平和教育としてはとても意味があると思ったが、何か違うという違和感もあった。 だから、問い直すのは大事なこと。 立ち止まるのは意味のあること。 西留(にしとめ):当事者の声を載せたいという思いではじめたが、専門家になってしまっていると。 松田(まつだ):書くということは言葉を使うことであるが、そういう言葉でない言葉を使っている人たちもいる。通信をとおして言葉が広められるという意義があるが、一方で、そういった場に参加できない人たちを生むというジレンマがある。 西留(にしとめ):今年度を、それを考える期間にしたらどうか。このメンバーで集まって記事にして、何らかの新しい企画を。 西野(にしの):今まで書いてこられた方の体験談は、同じ障害の方にとっては大切なことだと思う。自分のやり方とはまた違うというのも大事なことだとは思う。 西留(にしとめ):僕らのとらえ方の問題ですか。 西野(にしの):言葉は綺麗に書いておられるが、大変だったんだなとは感じる。 「障害を背負って生まれてくる子を授かることはあなたはできるから神は授けてくれるんだ」と綺麗事を言う人がいる。誰もが健常児を産みたいと思っているはず。綺麗な言葉だが、馬鹿にしているなと強く感じる。すごい遠くから言われている気がする。誰が好きこのんで。自分の子は確かに可愛いが、他人から言われるのは侮辱されたみたいでいや。子が障害のある人ではない方の発言が多い。子が障害のある人が言うのもウソーと思う。ボランティアが言うのもちょっとウソやろと。言葉は綺麗、でも、そうじゃないと思った。 野谷(のたに):では、障害受容の原稿については2回立ち止まりましょう。1回目は今回の議論をもとに再構成します。秋に情報提供・発信事業委員会のメンバーで、第2回目の座談会を開きましょう。 西留(にしとめ):読者から障害受容をテーマに意見を募ったらどうか。 松田(まつだ):良いと思う。ずっと読んでいて、読者参加がないという気がしていた。 西留(にしとめ):障害の分野は、まだまだ社会資源は不足しているが、ある一定出尽くした感がある。松田さんの言うように障害者福祉のキーワードがあたりまえに使われている。捉え直しが必要な時期にきていると思う。ピア大阪だけではなく、ニュースドリームもパターン化している部分がある。振り返って、核心を突いた意見を載せて、ピア大阪のニュースドリームが噂になるくらいにしたい。ニュースドリームは綺麗。いろんな情報が載っていて良いが、せっかく当事者中心のCIL(シーアイエル)から発信するので、生々しくても良いから核心めいた言葉が誌面にあふれるように。その方がニュースドリームの存在そのものが生きる。ピア大阪の事務局員も様々な人がいるし、運営委員もたくさんおられる。そういう人達も交えて、生きた言葉を誌面に反映できるようになれたらと思う。 松田(まつだ):これまで窮屈感があった。混沌としていることには混沌の意味があるのではないか。秩序立っていなくとも、立ち止まって、言っていたことを問い直すことが大事。そうしないと窮屈だ。 萬井(よろい):障害受容にとどまらず、読者が読んでどう思うのか、ご意見ご感想をと投げかけて、編集後記でも投げかけて、もっとリアルな本音でも良いんじゃないかという話を伺えたらと思う。NHK(エヌエッチケー)の青春リアルという番組で、若い人たちが出演し、チャット形式で、ある聴覚障害の女の子の投げかけた悩みに対して、いろんな人がいろんな意見を辛辣に言う。だからこう、と意見がまとまる訳ではないが、みなそれぞれいろんな意見や考えがあるというありようがリアルで自分も考えさせられた。 西留(にしとめ):今日の議論で、西野さんの投げかけはありがたかった。 西野(にしの):当事者がどう考えているか。当事者に関わる人がどう理解しているか。誰もが当事者のためにと思ってやっているはず。本当に果たして当事者のためなのか。私もしているが、どれだけのものか、親としては考える。 私はいち親です。他の親がどう考えているのかはわからない。 西留(にしとめ):問い直しによって、今後障害受容の原稿を書いていただくチョイスが変わってくるのではないか。 松田(まつだ):一定の人しか参加できない、文字や言葉を使える人しか参加できない。そうでない人がどう参加するか考えないといけない。言葉の使える人、障害受容について語れる人しか参加できない。それは一部の人だ。 西野(にしの):言葉でいうなら言えるが、文章にすると綺麗事になる。言う方が、今の自分の状態をはっきり言える。 野谷(のたに):今日、ここまで、障害受容に関する議論をしてきた感想をお一人ずつお願いします。 松田(まつだ):今日の議論はすごく良かったと思う。一つの言葉の意味が、一つの物語にとらわれてしまいがち。だが、常にそれで良いのか問い続けることが必要。そうでないと場が閉じてしまう。機関誌があるが、そこに参加するという点では難しい人たちがいる。そういう人たちのことを考えないとあかんよなと改めて考えた。 西野(にしの):普段は、自分の思いを聴いてもらえるところがなくて、私としては今日は言えて良かった。家庭にいれば聴いてもらえる場がないし、友達に話しても他人事になる。今日はすごく有意義だった。 萬井(よろい):普段は、編集作業をしていても、目の前の原稿にただただ追われる。いろんなことや人の意見を聴く場がない。本当に大切にしないといけないことを見ようとしないのは駄目だなと感じた。いろんな人の意見や、声無き声に、自分がそういうところまで意識して、大切なものをお届けできるようにしたい。 野谷(のたに):今日の議論をニュースドリーム32号に掲載し、障害受容についての意見を広く呼びかけて求めようと思っています。また、次回に今日欠席の委員も入ってもらって「障害受容を問い直す」の第2回目の座談会を開きたいと思います。そして、今日の議論をより深化させていきたいと思いますので、よろしくお願いします。 ◎障害受容をめぐっての連載「私にとっての障害受容」も前回までで15回目となり、みなさんに好評をいただいているコーナーとなっています。今までのバックナンバーを改めて紹介させていただきます。 14号 パート1:頚髄損傷         東谷 太(ひがしたに・ふとし)さん            15号 パート2:脳性マヒ         小坪 琢平(こつぼ・たくへい)さん           16号 パート3:視覚障害           谷口 由里子(たにぐち・ゆりこ)さん 17号 パート4:精神障害           森 実恵(もり・みえ)さん 19号 パート5:軟骨無形成症         安原 美佐子(やすはら・みさこ)さん 20号 パート6:脳性マヒ           岸田 美智子(きしだ・みちこ)さん 21号 パート7:視覚障害           野々村 好三(ののむら・こうぞう)さん 22号 パート8:盲ろう         町田 拓(まちだ・たく)さん 23号 パート9:頚髄損傷           渕上 賢治(ふちがみ・けんじ)さん 24号 パート10:シャルコマリートゥース氏病 内村 恵美(うちむら・えみ)さん 25号 パート11:脳血管障害          山浦 孝臣(やまうら・たかおみ)さん 27号 パート12:脳性マヒ           馬渡 健二(まわたり・けんじ)さん 28号 パート13:脳性マヒ           下村 雅哉(しもむら・まさや)さん 30号 パート14:精神障害          室井 善次郎(むろい・ぜんじろう)さん 31号 パート15:聴覚障害        山岸 かな子(やまぎし・かなこ)さん ---------------------------------------------------------------------------------------------------- ■座談会でも発言された西野智子(にしの・ともこ)さんが、ニュースドリーム10号(2006年9月発行)に向けて寄せてくださった文章があります。この原稿は残念ながら誌面に載せることができなかったのですが、親の思いがよく表現されていると思いますので、今回掲載させていただきます。〈野谷(のたに)〉 投稿 「ボーダーラインの子をもつ親の思い」 西野智子(にしの・ともこ)(本誌編集委員)  私は今悩んでいます。私には3人の息子がいますが、下の二人は小さい時からの心配の種でした。生まれた時は健常児と思っていたのですが、少し発達が他の子と比べると遅れていたからです。何がどう違うのかと言われても、ここがこう違うと言い切れる所はないんです。でも・・・・・・。20歳を越える現在までの道のりを考えると、大変だったなあという思いしかないです。  他の子と比べると一歩も二歩も遅れてついていくという感じがぬぐえません。いじめにも遭いましたが、本人がどこまで被害者として認識できていたかというと、私にはわかりません。私の今の年齢を考えると、もっと社会との接触を持って積極的に生きていって欲しいのですが、いつになったら我が身のことと受け止めてくれるのやら? 家の中でいる時間ばかりで、積極的に外に出て行こうとはしません。もちろん友人と言える人はいません。ひきこもりという訳でもないようです。今、世間で言われているニートに近いのかも知れないですけど、本当のところはどうなのか?  今は社会的に守られていることは全く無いので、生きていくためには働かなくてはいけないのですが、今の「能力、能力」と言われる社会ではなかなか働き口も見つかりません。門前払いか、うまく入社できてもクビになるのが関の山です。親がいつまでもバックアップすることは不可能であり、私の命が尽きる時に連れていきたい気持ちになることもあります。どうにかして、社会の中で働いて自分自身の生活費を稼ぎ出してもらわないと、私は死ぬこともできないのか? なんて考えてしまいます。  公的年金は国民年金で、それも今のところ失業中ということで全額保険料免除の手続きをし、保険料の支払いはしていません。このような状態では100%の年金を受けることもかないません。どこにお世話になれば良いのか? 何が私にできるのか? 何か私が行動を起こして、あの子達を守っていけるようなものを作っていけないかとか、いろいろ考えています。  このような悩みは私だけの悩みなのかしらと思っていて、他の人にあまり相談をしたことは無いのですが、ひょっとして同じような子どもを持って悩んでいる人はいないのかな? と思うようになって、外へ発信してみようかと思い立ち、この文章を書いてみることにしました。  うちの子は社会性が全くないとは言えませんが、集団の中にいて、その中で集団を組み立てていくのは難しいかな。人と話をするにしても、人の話を聞きながら自分の意見を言うというより、自分の話を一方的にしてしまいます。話を聴いてくれる人には、居心地が良いのか、長時間話をしています。会話と言うより一方的なおしゃべりという感じです。手先は不器用なほうですね。一つのことをするにも時間がかかります。学校は何とか卒業できましたが、ただ出されただけのような気もします。形だけですね。  どなたか、こんな私にいろんな情報を下さい。一人で悩んでいても先は見えないんです。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------- ■つぶやきコーナー  障害のある人が日々生活する中で、ふとこんなことを考えたというような生活に根ざした記事に社会のありようが反映されるのではないかというねらいで、インタビューに答えてもらうつぶやきコーナーを新設します。 第1回は玉木建一さんです。 ◎プロフィール 脳性マヒ1種1級。1975年生まれの35歳。長年の施設暮らしを経て、2002年に東住吉区で自立生活をスタート。2007年5月に知的障害のある朱里さんと結婚。同年8月に第一子翼くんが誕生。 写真:早川福祉会館玄関前で、向かって右側に電動車イスに乗った建一(けんいち)さん、左側に朱里(あかり)さんの二人が並んでいる様子。 ◎最近どうですか? 「子どものことなど自分の家族のことで精一杯。というのは、まだ子どもが3歳なのと、通っている作業所(障害者活動センター・赤おに)で、いろいろと新しい仕事が入ってきたりするので大変。 息子には喘息の発作があって、前はしょっちゅう入院していたけど、今は発作の回数も減って落ち着いてきた。最初、病院に通院する時、ヘルパーと一緒に行くと、受付の人や医者は親の僕にではなくて、ヘルパーに話しかけてきた。僕が翼の親やのになんで? という思いがずっとあった。まだまだ障害のある人には目を合わせて聞いてくれない。障害のある親というものの認知度がまだまだ低い。わざとヘルパーを外して家族3人で行ったりして、ちょっと意識を変えてきたかなという感じ。ちょっとずつやけど、今では親の僕に聞いてくれるようになったが、まだ、ヘルパーに聞いてくることがある。『僕と話してください』と抗議したり、ヘルパーに一歩下がって、外で待っていてもらう。病院だけじゃない。例えば子どもの洋服を買う時に店の人が、子どもの服のサイズを知っているのは親なのにヘルパーに聞いてくる。そんな時は腹立たしい感覚に度々なる。それって多分、社会が障害者をどう見ているかということに関係すると思う。結婚して子どもができてよけいに実感するのがそのことである。 翼は生後7ヶ月から保育所に行っている。家と同じで腕白だが、友達が転んで泣いていたら手を差し伸べる優しいところがある。親の障害について、これで普通なんや、パパはパパで、ママはママなんやと普通に接してくれる子どもに育ってほしい。」 写真:自宅で膝の上に翼(つばさ)くんを乗せている笑顔の玉木(たまき)さん。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------- ■編集後記  ★『ピア大阪ニュースドリーム』32号をお届けします。猛暑の夏でしたが、みなさま、お元気でお過ごしでしょうか。 ★これまで連載してきました「私にとっての障害受容」を一度立ち止まって見直し、そもそも障害受容とは何なのかという議論を誌面に反映していくことになりました。今回は第1回目の問題提起として、情報提供・発信事業委員会での議論の模様をお伝えしました。次回、第2回目の情報提供・発信事業委員会での議論をお伝えする予定です。読者のみなさんからも「障害受容」についての意見をどしどしお寄せいただければと思います。 ★つぶやきコーナーを新設しました。日常生活の中でふと考えたことなどをつぶやいていただくコーナーです。ピア大阪に関わるいろんな方々に登場していただこうと考えています。 ★『ピア大阪ニュースドリーム』の入手を希望される方は、お気軽にピア大阪までご連絡ください。購読会員で未更新の方は、今年度分の年間購読料の振り込みをよろしくお願いします。なお、点字版・テープ版・テキスト版も作成しています。ピア大阪のホームページでもご覧になれます。 Y・N(ワイ・エヌ) 2010年9月17日 編集 社会福祉法人 大阪市障害者福祉・スポーツ協会 自立生活支援センター・ピア大阪 〒546−0033 大阪市東住吉区南田辺1−9−28 大阪市立早川福祉会館内 電話 06−6622−1180 FAX(ファックス) 06−6622−0423 ホームページ http://www.fukspo.org/peerosk/ 年間購読料 500円 ----------------------------------------------------------------------------------------------------