■表紙 ピア大阪ニュースドリーム31号 2010年6月発行 第15期ピアスクール&第1期ピアカレッジ 感想文集ほか 写真:第1期ピアカレッジ修了式の集合写真 写真右上のふきだし:みんなありがとう! 写真左上に修了おめでとうと押された桜型の印 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ★内容★ ◎第15期ピアスクール感想文集 ◎第1期ピアカレッジ感想文集 ◎連載企画!!「私にとっての障害受容」パート15 ◎人権講座報告 ※このニュースドリーム31号では、大見出しの先頭には■、小見出しには◎を付けています。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ■第15期ピアスクール 感想文集 ◎はじめに  2009年12月4日、第15期ピアスクールが修了しました。受講生のみなさんから、「21回があっという間だった」「仲間と別れるのがつらい」などと惜しまれながらの修了式となりました。当日、ピアスクールの校長の愼英弘(しん・よんほん)さん(自立生活支援センター・ピア大阪 運営委員長)から一人ひとりに修了証書が手渡されました。その後、12月11日に第15期修了生主催の「クリスマス会」が盛大に行われました。  毎年のことながら、ピアスクールのなかで、受講生同士が支え合い “エンパワメント(社会的な抑圧などによりその人の本来備わっている力が発揮されない状態から解放され自分らしく生きること)”されていく姿に、事務局スタッフも感動します。本当に感謝、感謝です。修了しても、ぴあふれんず(修了生の自主的なサークル活動)などで、より深い絆を作ってくださいね!  それでは、実際にみなさんがどのようにエンパワメントされたかをご覧ください!    受講のひとこま  写真@ 車いす使用の女性受講生2人が向かい合って話をしている様子。  写真A 天王寺ミオにてILP(アイエルピー)を体験している様子。  写真B 近鉄百貨店横を移動中の様子。  写真C 美術館内で絵画観賞の様子。  写真D クリスマス会にて、サンタの仮装の受講生。   ◎第15期ピアスクール修了生一覧  ※名前 性別 障害 所属(修了当時)の順に、表形式で記載されています。  金子 尚代(かねこ・ひさよ) 女 肢体障害 セルフ社   関口 聖和(せきぐち・きよかず) 男 肢体障害 すぺーすしゃとる  谷口 政美(たにぐち・まさみ) 女 視覚・聴覚・精神・知的障害 あいらぶ工房  H・T(エイチ・ティー) 女 視覚障害 なし  梨木 健介(なしき・けんすけ) 男 肢体障害(脳性マヒ) 大阪経済大学  K・N(ケー・エヌ) 男 精神障害 なし  野口 幸恵(のぐち・ゆきえ) 女 肢体・知的障害(脳性マヒ) はあとらんどあさか  日高 猛(ひだか・たけし) 男 肢体障害 スクラム  平松 幸太郎(ひらまつ・こうたろう) 男 肢体障害(体幹機能障害) なし  福永 一洋(ふくなが・かずひろ) 男 肢体障害(脳性マヒ) 障害者活動センター・赤おに  細川 裕子(ほそかわ・ひろこ) 女 肢体障害(脳性マヒ) なし  保利 広一(ほり・こういち)男 肢体障害 北村園  森園 美智子(もりぞの・みちこ) 女 肢体障害(二分脊椎) なし ◎第15期ピアスクールカリキュラム   7月3日(金)開校式・障害ってなぁに? 平下耕三(ひらした・こうぞう)さん〈自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター〉    10日(金)社会資源を作っていくには? その1 三井孝夫(みつい・たかお)さん〈特定非営利活動法人リアライズ〉    17日(金)自立生活センターを見学しよう!! 事務局    24日(金)社会資源を作っていくには? その2 石田義典(いしだ・よしのり)さん〈NPO(エヌピーオー)中部障害者解放センター〉    31日(金)「シリーズ自立生活 Vol.1」〜講義編〜 太田康裕(おおた・やすひろ)さん〈自立生活センター・あるる〉   8月7日(金)「シリーズ自立生活 Vol.2」〜課外授業編(お宅訪問)〜 秋山知子(あきやま・ともこ)さん〈さをりひろば〉 徳地秀一(とくち・しゅういち)さん〈ケアセンター・オリーブ〉 西川和男(にしかわ・かずお)さん〈NPO中部障害者解放センター〉    28日(金) ピアカウンセリングを体験しよう 山浦孝臣(やまうら・たかおみ)〈障害者生活支援センター・いきいき〉   9月4日(金) ILP(アイエルピー)を体験しよう!〜みんなで計画しよう編〜 小坪琢平(こつぼ・たくへい)さん〈自立生活センター・ナビ〉    11日(金) ILP(アイエルピー)を体験しよう!〜みんなでやってみよう編〜小坪琢平(こつぼ・たくへい)さん〈自立生活センター・ナビ〉    18日(金) ILP(アイエルピー)を体験しよう!〜みんなで振り返ってみよう編〜 事務局    25日(金)「シリーズ人権 Vol.1」〜情報が足らんがな〜 折田貞子(おりた・さだこ)さん〈自立生活支援センター・ピア大阪 ピアカウンセラー〉 三原(みはら)ひろみさん 〈自立生活支援センター・ピア大阪 ピアカウンセラー〉 中野益男(なかの・ますお)さん 〈地域活動支援センター デフ・ワークス所長〉  10月2日(金)「シリーズ人権 Vol.2」〜障害児の親の立場から〜 阿曽沼裕子(あそぬま・ひろこ)さん〈ピア大阪 親のピアカウンセリング講座修了生〉     9日(金)「シリーズ人権 Vol.3」〜心病むとき〜 森実恵(もり・みえ)さん〈自立生活支援センター・ピア大阪 ピアカウンセラー〉    16日(金)「シリーズ人権 Vol.4」〜在日外国人の人権〜 姜博久(かん・ぱっく)さん〈障害者自立生活センター・スクラム〉    23日(金)「シリーズ人権 Vol.5」〜知的障害者の立場から〜 パンジーを変える特別チーム「さわやか」    30日(金)「シリーズ人権 Vol.6」〜人の世に熱あれ、人間に光りあれ〜 榎雄喜(えのき・ゆうき)さん〈社団法人子ども情報研究センター〉  11月6日(金)みんなでクッキング Vol.1(準備) 陶山雄一(すやま・ゆういち)さん〈自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター〉 馬渡健二(まわたり・けんじ)さん〈自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター〉    13日(金)みんなでクッキング Vol.2(調理) 陶山雄一(すやま・ゆういち)さん〈自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター〉 馬渡健二(まわたり・けんじ)さん〈自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター〉    20日 (金)みんなでクッキング Vol.3(報告) 事務局    27日(金)グループワーク(復習&発表) 事務局  12月4日(金)修了式 愼英弘(しん・よんほん)さん(四天王寺大学大学院)  なお、12月11日 (金) に受講生の主催によるクリスマス会を開催しました。 ◎受講生ビフォー★アフター  ピアスクールへの参加希望者を募る際、応募者には志望動機の作文の提出をお願いしています。参加を希望したきっかけや、受講にあたっての想いです。「ピアスクールって一体何をするところ?」「みんなと仲良くなれるかな?」などといった期待や不安が感じられます。  ピアスクール修了後に、半年間のカリキュラムを終えての感想を書いてもらいました。受講前と比較していただくと、みなさんの変化や、今後の意気込みなどを感じ取ってもらえるのではないでしょうか。 (五十音順) 「ピアスクールを受講するにあたって」 金子 尚代(かねこ・ひさよ)  私が「ピアカウンセリング」という言葉を初めて聞いたのは半月程前のことでした。聞いた瞬間、意味が知りたくなりました。「ピア」という言葉が「仲間」と知って、余計に興味を持ち、講座を受けたいと思ったのですが、「今は府外しかやっていません」と言われましたが、あきらめられませんでした。  そして友人からこの講座があるのを聞き、ぜひ受けて、「色々な人と出会い、色々な話を聞き、その中で一杯色々なことを学び、仲間を増やしたい」と思ったので挑戦しようと決めました。  まだ行けるかもわかっていない状態なのですが、「どんな事が学べて、どんな人が受講一緒にするんだろう?」とか、講師の人も知っている人もいるけれど、知らない人も多いから、自分を知ってもらえる良いチャンスだと考えながら、ワクワクしています。あまり得意でない作文も自分がやりたいことならここまで文章にできるんだなぁと思います。  そしてこのピアスクール講座で改めて「仲間」がどれだけ自分には必要かということを再確認できる場だとも思っています。それにこのピアスクールが終わるころには、自分が色々な面で成長していたいと思っています。 「ピアスクールを終えて」 金子 尚代(かねこ・ひさよ)  このピアスクールで色々なことを学び、色々な人と出会い、本当に参加して良かったと思っています。  諸事情で、最後まで参加できなかったのですが、いい経験をありがとうございました。  写真:笑顔の金子(かねこ)さんの上半身 「ピアスクール受講にあたって」 関口 聖和(せきぐち・きよかず)  僕は坂口登(さかぐち・のぼる)さんと河野正樹(こうの・まさき)さんに負けたくない、それと自分に。  ヘルパーの使い方を勉強するためにピアスクールに行こうと決めました。  とにかくよろしくお願いします。  自分自身を変えるために行こうと決めました。  写真:車いすに乗って受講中の関口(せきぐち)さんの上半身 「ピアスクールを受講して」 関口 聖和(せきぐち・きよかず)  僕はピアスクールに行ってよかったです。いろいろ感じたから。特に感じたことは、天王寺に行ったこと。先輩にクリスマス会を見せることができてよかったです。  始めのほうの講義は寝てたけど、最後のほうは、起きて全部聞いた。  とにかく、ピアスクールに行けてよかったです。 「第15期ピアスクール受講にあたって」 谷口 政美(たにぐち・まさみ)  こんにちは、この度、初めてピアスクールに参加させて貰う、谷口政美(たにぐち・まさみ)です。  まずは、自己紹介から。私の障害はいっぱいあって、身体障害1級、知的障害A、精神障害2級で、身体障害は視覚障害2級と聴覚障害2級です。  今回ピアスクールを受けようと思ったのは、色んな障害の方ともっともっと関わりたい、話がしたい、話が聞きたいと思ったからです。私自身、重複障害ですが、その中で、私にも何かできるかな、出来れば良いな? 障害の受容など、もう一度、自分で自分を見つめなおす良い機会かなーと思い、応募しました。  このピアスクールを通して、いろんな仲間と関われれば良いなと思います。そして、これからのためにたくさん勉強していきたいと思っています。よろしくお願いいたします。  写真:お宅訪問中の谷口(たにぐち)さんの上半身 「ピアスクールを受講して」 谷口 政美(たにぐち・まさみ)  ピアスクールを受講してみて、いろんな人と出会えた、それはすごく良かったと思います。  途中で、お休みすることになったのが大変残念だったのですけれども、今後、また、何かあれば参加したいと思います。 「ピアスクール受講にあたって」 H・T(エイチ・ティー)   私は、ほんの10年前まで夜盲症や若干の視野狭窄はあるものの晴眼者としてひとりで自由に外出していました。   年齢を重ねるにつれて、病気が進行し、現在はぼんやりと光がわかる程度のほとんど全盲に近い強度の弱視です。  視覚障害者が外を歩くには、白杖で道路の状態をさぐりながらの単独歩行、ガイドヘルパーの介助による歩行、そして盲導犬歩行の3つの方法があります。  私は、以前は、この中のガイドヘルパーの介助で外出していました。楽しくおしゃべりしながら目的地まで安全に歩けるので、私はいつもガイドヘルパーとともに外出するようになりました。  ガイドヘルパーの派遣が措置から支援費制度になってから、もともとお年寄りの介護が専門の事業所が片手間で派遣するようになり、利用しにくくなりました。私へのサービス時間のあとにほとんど余裕なく次の仕事を入れているので、時間のかかりそうな急な用事に立ち寄ることがはばかられました。私の外出予定表というものが決められているのもおかしいと思いました。外出先の下見をしてくださるのはありがたいことですが、私の用件で外出するのですから、私が自分で下見をして、ガイドヘルパーに説明できるようにしておくのが当たり前ではないかと思いました。小さな子供じゃあるまいし、まるで私が何も考えられないように扱われているようで、とても嫌な気持ちになりました。支援費制度は、障害者の社会参加を促進し、自立を助けるという制度ではないのでしょうか。さらに、報告書にトイレに行った時間や、買い物をした内容まで記録されそうになりました。これでは、サービスではなく、プライバシーの侵害です。ほとほと嫌になったので、その事業所をキャンセルし、家族の介助で外出するようになりました。  そこにタイミングよくお話をもらったのが、もうひとつの外出の方法、盲導犬との歩行です。盲導犬との共同訓練を終えたら、すぐに自由にどこにでも行けるようになると夢を見ていました。ところが、そうではないんですね。盲導犬のほうは、しっかり訓練されているので、とても上手に誘導しますが、人間の私のほうが慣れないので、横断歩道に気づかないで交差点の真ん中に行ってしまったり、自分がどこにいるのかわからなくなり、よく迷子になります。盲導犬と歩く練習をたくさんしなければならないと思います。  目的もなく、ただ歩くのではなく、行き先を作って、目的を持って外出することが盲導犬歩行に慣れる早道だと考えました。  ガイドヘルパーのことで嫌な思いをしたことをきっかけに、私は自立しているのだろうかと考えるようになりました。ピアスクールで、自立とはどういうものか勉強したいです。 「ピアスクールを受講して」 H・T(エイチ・ティー)  初めてピアスクールに出てみて、将来はひとり暮らしをして自立したいとか、自立生活センターを作りたいという、はっきりとした目標を持って参加している方が大多数で、盲導犬との外出のきっかけ作りを目的とする私は場違いな感じがしました。  自立生活センターの存在も知らず、何をしているところかも知りません。カリキュラムにILP(アイエルピー)という文字があっても、何それ、おいしいの?というレベルです。  講義の中で何度か耳にした「自己選択・自己決定」という言葉に初めて納得しました。  私は、中途の視覚障害者なので、自分で選択し、決定することが多いです。でも、私を助けようとする人々は、私に選択の余地を与えず、勝手にものごとを進めてしまいます。そのほうが、ものごとが迅速に進むからですが、それは私の自立を妨げているということを理解しておいてもらわねばならないと思いました。  手を出してもらうことを当たり前とするのではなく、必要のないところで手を出されることに疑問を持つ心は、これから障害者人生が長くなっても、忘れないようにしなければならないと思いました。  ピアスクール後半では、さまざまな障害当事者の方が来られて講義をされました。大事な講義だと思います。でも、何かもったいないと思いました。ここに14名もの障害当事者が座っているのです。2時間もの講義はできないまでも、ひとり30分くらいの時間を取って、自分の障害について、生活について、困っていること、工夫していることを話し、それをピアスクール生が聴くほうが、各種障害を身近に感じ、より理解することになるのではないかと思いました。30分ものスピーチは、慣れないと難しいです。でも、自立生活をするためには、人に何か働きかけなければ、生活は成り立ちません。スピーチすることは、ピアスクールの目的のひとつである「エンパワメントを高める」ことにもなります。私は、一緒に学んだピアスクール生の障害についてのスピーチを聴いてみたかったです。  さて、私の目的であった盲導犬歩行はどうなったかと申しますと、ピア大阪に通うのは、最初のうちはとても疲れ、帰りはガイドさんの手引きで帰っていました。今は、手引きをしてもらうことはありません。家では、朝の散歩を日課として、地域のかたに見守られながら歩いています。  最後になりましたが、講義のたびにレジュメをいつも点訳してくださり、ありがとうございました。 「ピアスクールに参加しようと思った理由」 梨木 健介(なしき・けんすけ)  ぼくは今、学生で、これからどうしたいのか、どんなことができるのかわからず、まわりに同じような状況で相談できる人もいないので、この講座があることを知って、同じような障害をもった人がどんなふうに生活しているのか、どんな人たちがいるのか、どうしたら余裕をもちながら楽しく生きていけるのかを知り、何か新しい発見や、世界を広げるつながりができればと思い、参加を希望しました。 「第15期ピアスクール感想文」 梨木 健介(なしき・けんすけ)  私は、ソーシャルワーカーの人から、ピアスクールへの参加を勧められて、最初は、家からの往復の距離や天候のことがあり、最後まで続けられるかどうか、とても不安でした。しかし今では、すこし自信がつきました。今期の他のメンバーの方々は、私よりもかなり年上の人が多く、私なんかよりもたくさんいろいろな苦労があったのだろうなと思い、最後まで緊張しましたが、すこしずつ話すことができるようになりました。  それぞれの障害をもったいろいろな人の話をきくことができ、自分が普段お世話になっている事業所とはまたちがう事業所を見学して、いろいろな体験談をきくことができました。  調理実習では、参加できる役割を配慮してもらい、手伝ってもらいながら、お米をといだり豆腐を切ったりしました。やる前は、とても難しいことだと思いました。手伝ってもらったのもありますが、やってみると思ったより簡単にできました。  ピアスクールに参加して、本当によかったです。これからも、ここでできたつながりを大切にしていきたいです。 「ピアスクール志望動機」 K・N(ケイ・エヌ)  初めまして。僕も精神の障害をもつ当事者の一人で、今回こういうピアスクールということを今まで知らなかったんで、初めて受けてみようかなという気持ちになって、前向きな気持ちになることができたというので、第一歩としてこういうスクールを受けたいって思います。  その受けたい理由もあって、いろんな大阪市内に作業所なり、支援センターなりがたくさんあると思うんですけど、僕が今まで携わった所で、いろんな矛盾している部分とか、相手の対応の悪さとか、仲間であって仲間でないようなことがあったりとか、そういうこともあったんで、今回こういうピアスクールというのを勉強するのにあたって、自分で、できるかできないかわからないんですけど、自分で支援センターなり、そういうみんなが気楽に集まる場所というのを作っていきたいなあと将来的には思っているんですけど。なかなか簡単じゃないということもわかってるんですけど。  みなさんもやっぱりそういう経験なり、そういう扱い、いろんなことも経験されていると思うんで、僕みたいに何かそういう不満があったりとか、何か自分でやりたいとか、でもやっぱり一人じゃ何もできない。まだ、世の中ではいろいろ偏見があったりとかとか、人に自分のことが言えなかったりとか、僕も人にはやっぱり言えないんで、こういうスクールを通じて、何か僕と同じような考え方を持っている人と出会えたらなと、まあ、お話でもできたらなと思ってるんで。  今後、僕みたいな方も今現在たくさんいらっしゃるようなことをあちこちでお聞きして、実際やりたくてもやれない、資格を取りたくても取れない、っていうのが現実みたいなことを、あちこちで僕も電話してとか、いろんなスタッフの方に相談して聞いているんですけど、でもやっぱり一人の人間としてできることもあると思うし、一人では何もできないということもあるし、みんなでやったら何か一つのものを創り出していくこともできると思うということを、僕はいろんな方にお聞きして、自分でもそういうことをやってみたいというか、自分でできるんじゃないかというのも心のどこかにあるんですけど。  今の社会、年々心の病気をもった方が増えている世の中で、やっぱりそれに対して対応とかも遅れているみたいだし、行政からとかも認められていないというのが現実みたいな所があるんで、このままじゃあ良くなっていかないし、やっぱり、こういうことを知らない方もたくさんおられると思うんですよ。毎日苦しんでいる方とか、仲間がいない方とか、人に言えない方とかに、そういうのも広めていきたいと思っているんです。  そういうことを僕は将来、もし、夢の話ですけど、できたらっていうことで、このスクールに参加してこれからもどんどん勉強して、いろんな方と知り合って、みんなが納得いくような活動とか、センターを創りたいなと思っています。  そういうことで、よろしくお願いします。 「ピアスクールを受講して」 K・N(ケイ・エヌ)  受講生のみなさんと出会えて、スタッフの方々とも出会えて、一生忘れることのないピアスクールという講座に参加できたことが一生の思い出になります。長いようで短かったです。僕的には、もう2ヶ月位あったらと。ちょうど良い感じになってきたところだったので、惜しいなぁと思います。できればもう一回ピアスクールを受けたいぐらいです。  僕も精神障害で、三障害のいろんな方が集まるこのピアスクールで、時にはぶつかりあって、今まで見えなかったものが見えてきて、お互いがわかりあえるんだということを感じました。  人それぞれ、いろんな人生がある。それは障害があろうが、なかろうが同じだと思います。みなさんと出会えて、感謝の気持ちでいっぱいです。 「ピアスクールを受講するにあたっての思い」 野口 幸恵(のぐち・ゆきえ)  ピアスクールを受講するにあたっての思い。私は今まで実家と、施設で生活してきたけど、2年ぐらい前から親元を離れて生活しています。   ピアスクールの情報は今、生活している福祉ホームの職員さんからすすめられました。  私は人と話すことが少し苦手なので、今回のピアスクールに参加してもっといろんな人と話ができたらいいなぁと思っています。  今後は、来年の春ぐらいには一人暮らしを目標にしています。  写真:受講中の笑顔の野口(のぐち)さんの上半身 「ピアスクールに参加して思ったこと」 野口 幸恵(のぐち・ゆきえ)  私はこのピアスクールに参加していろんなことを経験することができました。  新しいことにチャレンジすることが苦手な私は、「半年間も通うことができるのかなぁ?」とすごく不安に思っていたので、途中何度も気持ちがしんどくなって、やめたくなったことがありました。でも周りの人たちが休憩時間に話しかけてくれたり、困っている時にはアドバイスをしてくれたので、最後まで休むことなく通うことができました。  今回のピアスクールで、クリスマス会の準備は私にとって苦手なことがたくさんあって大変だったけど、最後まであきらめずにできたし、みんなと協力して楽しく過ごすことができました。そして、半年間一緒に過ごした人たちから「最初の頃よりも話しやすくなった」と言ってくれて嬉しかったです。  これからはもっといろんな人と話をしながら、自分の活動範囲を広げていきたいです。 「ピアスクールを受講するにあたって」 日高 猛(ひだか・たけし)  私、日高猛(ひだか・たけし)は2007年5月3日に事故にあいまして1年9ヶ月病院生活をして2009年の2月より自立生活を始めました。この3ヶ月間、色々なことがありました。   まず第一に病院と違って体調の自己管理がいかに難しいかわかりました。   頭が痛くなったり尿が詰まったりが頻繁に起こり、自分が思っていたよりは大変で苦労しました。   第二に家庭での生活習慣が今までと違って自分で計画を立てなければならない。まず食事は自分で献立を考えて、ヘルパーさんを使って作っていかなければならない。出来るだけ好き嫌いをなくすように栄養面を考えて自分の体調を維持しなければならないと思いました。   第三は夜の水分補給についてヘルパーさんと一緒に考えた結果、ベッドで自分一人で夜中でも飲めるようになりました。  これからは、自分の人生をいかに楽しく、生活が送れるようにしていきたいと思います。  今回、受講にあたってこれからの生活に少しでもプラスになるようにさまざまな人の意見を聞きながら自分なりに工夫しながら生活していきたいと思います。また知り合いもたくさん作りプライベートでも遊べるようになりたいです。   今回、初めての受講なので楽しみにしています。これを機会に色んなことでもチャレンジしていきたいと思っています。 「ピアスクールを終えて」 日高 猛(ひだか・たけし)  今回初めて講義を受けて、僕らと同じ仲間の人たちに会えてこれからの生きる希望を与えてもらった。1つは、毎回いろんな講師に出会って、障害者というものは僕が考えているよりも楽しく生きているように感じた。僕もこれから障害者としていろんな所に出かけて行って、自分をアピールしていきたい。  今回感じたことは、いろんな場所に行って障害者同士の仲間に会えて視野が広がった。講師の先生方もいろんな方面の方が来られて、自分の知らない部分をいろいろ勉強することができた。  一番楽しかったのは、知らない所で、自分では行けないような所でも今回この講義を受けて、出て行く自信になった。料理教室は自分が調理をしていた経験上一番楽しかった。  クリスマスパーティーにも、初めて自分なりにMC(エムシー)ができたことは、自分の人生の中で初めての経験であった。思った以上に、よかったと思う。今までの自分は、何でも自分から進んで出来ることがなかったが、これからは、いろいろな方面でどんどん挑戦していきたいと思う。  今回の受講した仲間とも友達になれて自分より楽しく生きているように感じた。これからは僕たちみたいな障害者のイメージをどんどん明るい方向に導いていきたいと思います。世の中には、僕たち以上に障害で苦しんでいる人がいて、その人たちが毎日楽しく生活できるように、自分の力でできる限りみんなの役に立っていきたいと思う。  これからもこのピアスクールが毎年続くことを願います。  写真:マイクを向けられ話をされる日高(ひだか)さんの上半身 「ピアスクールについて」 平松 幸太郎(ひらまつ・こうたろう)  私は、約20年前に交通事故にあい、体幹機能障害となりました。また、近年、高次脳機能障害も判明しました。  当時中学生でしたが、なんとか中学を卒業し、定時制高校へ入学、高校も無事卒業、その後は手に職をつけようと考え、泉北光明池の職業訓練校へ入校し、学校求人で就職、社会人生活がスタートしました。  しかし、社会の荒波は厳しく、言葉では、何とも表現しづらい思いを抱え、日々を過ごしていました。  ある問題が生じ、地域の相談所に悩みを相談させていただいた時に、社会福祉士の方と出会い、何度か相談を重ねていく中に、漠然としていたものが、はっきりと見えてまいりました。  自分と同じように苦しむ方たちのお役に立てる、そういった活動をやらねばと気付き、何が自分に出来るのか探している時、ピアカウンセラーの存在を知りました。  福祉の世界については、全く無知な自分ではありますが、障害をもちながら、社会の中を泳いできた、そんな自分だからこそ、理解できる、わかってあげられることがあると思い、ピアカウンセラーへの一段階目として、今回のピアスクールへの参加を決意いたしました。  現在の日本社会は、他の国に比べ、福祉の豊かさがかなり欠けるように感じられます。その現実を反映するかの如く、自分が生活している地域で、障害をもった方たちの姿を、街中で見かけることが、ほとんどありません。  障害があってもなくても、すべての方が、明るくいきいきと生きていける。そんな社会づくりの一員にならせていただければと思い、これからの自分の人生を歩いていければとも感じています。  写真:平松(ひらまつ)さんの上半身 「ピアスクールを終えて」 平松 幸太郎(ひらまつ・こうたろう)  事務局やスタッフのみな様、半年間、大変お世話になりました。ありがとうございました。  さて、長いようで短い半年が終わりました。  ピアスクールが始まる前、私は、ピアスクールとは、単にカウンセリングの手法についてを説く、狭義的な意味でしか考えていませんでしたが、受講期間を終え、今、感じることは、自分の人生にとって、非常に有意義な充実した時間を過ごせたという思いです。  ピアスクールでは、ピアカウンセリングの手法について取り上げてくださった日ももちろんありましたが、私は、障害者の自立について説いてくださった点が強く印象に残っています。 また、身体・精神・知的と、様々な角度からの視点で講話を行ってくださったのは大変勉強になりました。  自ら考え、調べ、計画を立て、行動した外出体験や、みんなで協力し合い行った調理実習も懐かしく思い出されます。   外出体験や調理などを通して言えること、それは自主性を持つということではなかったのかと思います。何事にも、他からではなく、自分からという自主性を持ち、失敗しても楽しむという姿勢を、その重要さを説いていたのではと解釈しています。  ピアスクールを一つのきっかけとし、今後は、今までより一歩も二歩も踏み込んだ活動を自分なりに行っていきます。そして、様々な出会いや経験を積み上げ、いずれは、小規模で良いので、どんな方でも気軽に来られる自立生活センターを設立していくのが目標です。  まだまだ程遠い夢物語ではありますが、修了式でピアスクール校長もおっしゃられた、全ての人に喜んでいただける福祉を目指し、日々邁進してまいります。 「ピアスクールに向けて」 福永 一洋(ふくなが・かずひろ)  僕が今回のピアスクールに参加しようと思った一番の理由は、自分に自信をつけたいと思ったからです。高校三年までの僕は、自分に自信が持てず、人に自分の意見を伝えるのが苦手で、なんでも人に言われた通りにしていました。「言いたいことは遠慮しないではっきり言いなさい。」と何度も言われたけど、心の中では僕の意見なんて誰も聞いていないと思って、意見を言おうとしませんでした。  高校三年の夏休み、進路の先生に勧められてピア大阪主催の「サマースクール」に参加しました。最初は正直知らない人達がたくさん参加するので、心配でしたが、仲間と一緒に一からバーベキューの準備をしたり、問屋街に花火を買いに行くなど、初めての経験をしたり、リーダーとお話したりするなかで、自分の意見を人に伝える大切さ、そして自分の意見を言っても良いんだと気づくきっかけをくれたのがサマースクールでした。  いま、僕は一人暮らしをすることを将来の目標にしています。ピアスクールに参加することは、目標を実現するためにも、とても大きな経験になると思います。約五ヶ月間、最後まで参加できるか不安もありますが、サマースクールよりもさらに色々なことを学び、体験して自分の力にできるようにしたいと思います。 「ピアスクールを終えて」 福永 一洋(ふくなが・かずひろ)  僕がピアスクールを受けて感じたのは、自分のことだけではなく、他の人のことも考えることが大事だということです。  ピアスクールを受けるまでは、自分のことだけで、他の人のことまで考えることはあまり無かったのですが、講師の方々が自分のためだけじゃなく他の人のためにも行動していくことが大事だとおっしゃっているのを聞いていて、正直はじめはよくわからなかったのですが、天王寺で視覚障害者の楽しめる外出のプランを立てに行った時、僕が班のリーダーになり、みんなの障害のことやいろんなことを考えることができ、うまくいかないこともありましたが、とても貴重な経験ができました。  そしてたくさんの仲間に出会えたのもとても大きなことだと思います。初めはお互いのことをなんにも知らなかったけれど、回を重ねていくと少しずつみんなのことがわかってきました。クリスマス会もみんなの力が合わさったから成功したと思います。  ピアスクールは終わってしまったけれど、学んだことをきっかけにして、自分のためだけでなく、仲間や他の人のために行動していこうと思います。  写真:マイクを手に話をされる福永(ふくなが)さんの上半身 「ピアスクールで学びたいこと」 細川 裕子(ほそかわ・ひろこ)  私は重度障害者です。言語と四肢に障害があり、2年半前からは二次障害、「頚椎症性頚髄症」を患ってしまい、以前なら自力で出来ていたことが、ほぼ出来なくなってしまいました。   レベルダウンしていく我が情けなくて涙にぬれた時期もありましたが、同病の友人やヘルパーさんたちに励ましてもらって前向きな気持ちを取り戻せられるようになりました。  「ピア」という単語を日本語に訳すと「仲間」という意味です。  私は、色んな人たちに出会って、自分の知らないことなどをもっともっと知りたいと思ってピアスクールを受けたいと思います。  私はピアカウンセラーに大変、興味があって、様々なことを学びながら自分自身強くなっていきたいと思っています。  地域で自立生活をなさっている方達のお話なども聞きたいと思っています。  私自身、どんなに障害が重くても、一人の人間として生きたいと思っています。この思い・気持ちは障害者、みんなが思っていることだと思います。  写真:マイクを向けられ、話をされる細川(ほそかわ)さんの上半身 「ピアスクール受講を終えて」 細川 裕子(ほそかわ・ひろこ)  7月から始まったピアスクール。私はドキドキしていました。受講生になれたという嬉しさもありましたが、集団の中に入って何かを学ぶということが苦手な私は、最後まで通い続けられるのだろうかと心のどこかに不安がありました。  最初の頃は講座の話を聞きながら、いろんな人たちの暮らしや生活などの様子を見学に行かせてもらったりして、障害がどんなに重くても自立生活をしておられる方たちがたくさんおられるんだと知りました。  私は身体障害で、身体障害の人たちとしか接してこなかったので、さまざまな障害を背負われている人の気持ちとかが、正直な気持ち、全然わかりませんでした。障害のことも理解しようと思うまで時間がかかりました。  「みな、同じ障害者だから、わかり合える気持ちが大切だ」と気づきました。確かに、まだまだ社会は差別や偏見が多いです。けれども私たち障害者のことを心の底から理解してくれる、支えてくれる人たちはいますし、これから先もきっときっと障害者のことをわかってくれる方たちと出会えると信じています。  私の性格は自己主張が強く、気が短くて気ままです。ピアスクールの途中、意見の食い違いなどもあって、「もうやめようか・・・」と思ったときもありましたが、最後まで通い続けました。しんどい気持ちも抱えていましたが、それを乗り越えて行き続けました。ひとつ前進したと思っています。卒業できたことを嬉しく思っております。  ありがとうございました。  私は将来、自立生活を実現したいと思っています。 「ピアスクールを参加するにあたって」 保利 広一(ほり・こういち)  社会復帰をしたい。まず歩けるようになりたい。  お金はないけれど、人並みの生活を送れるようになったら、自分に合うよりよい理解者がいたら結婚もしたいと考えている。  16歳になる頃に、遊び半分で単車を無免許で乗っていた。そして、先輩に呼び出されて、夜中に港区の多根病院の前で事故して友達が血まみれの僕をタクシーにのせてくれた。救急車を呼ばずにだったらしい。多根病院につき意識がなくなり2、3年病院にいました。  後から訊いた話によると、病院の前あたりを並んで猛スピードで走っていて、曲がり角で右肩から電柱に強打し、右肩を粉砕骨折した。  意識が戻ってからリハビリもし始めたのですが、リハビリ中に、「痛い」と言っているのに、無理に上げたり、引っ張られたりした結果、右腕もまた骨折してしまった。  右腕の骨折も治った頃、安心していると今度もリハビリ中に足を骨折してしまいました。起立台で身体を起立させたときに、右足を無理に伸ばしすぎて力を加えたら骨折となってしまった。  言語障害がでてしまったので関西労災病院に転院する。言語訓練から始まり1週間後にリハビリも始めた。そして1年ぐらい入院していたが、だいぶしゃべれるようになってきたので退院し自宅へ帰る。そこで渕上(ふちがみ)さんと出会いスクラムの話を訊く。今では定期的にスクラムに行くようになった。  シニアカーより電動車椅子の方が利用しやすいし、自分にとって合っていると感じたので電動車椅子に変えた。交通機関がだいぶ楽に行動できるようになって、今ではたまにバスと地下鉄を利用していろんなところに行っています。たまには映画を見に行ったり、今度は遊園地にも挑戦したいなと思っています。  それで介助者が欲しいと感じ、やっぱり右手が不自由だし一人ではまだまだ不安なところもあり、特にトイレ介助や衣服の着脱、食事介助、お風呂介助など生活に関わることだ。  ピアスクールでは、自立した人の話を聞いて体験学習を行うこともあるので、聞いたことや学んだことをしっかり活かせればいいなと思います。  写真:受講中の笑顔の保利(ほり)さんの上半身 「ピアスクールを卒業して」 保利 広一(ほり・こういち)  ピアスクールが始まり、初めは続くかなと思っていたが、いざ始まるとあっと言う間に研修も終わり、暑かったり寒かったりしたがなんとか通い続けました。6ヶ月間、いろいろな講師の人の話を聞いて障害があっても心がけ次第でいろんなことが出来ると知りました。  私は、施設で生活しているのですが、ピアスクールに通うようになって、自分より重い障がい者の人も社会参加をしているのを見て「自分も頑張らないといけない!!障害に負けたらあかん!!」と感じた。また、介助者を使いながら外出をしたり調理や買い物をすることで、自信がつき自分も自立が出来ると思うようになった。他にも、はじめは障がい者の自立というものを簡単にできると甘く思っていたが、講師の人の話を聞いたり社会参加を始めてみて、その難しさや障害の多さを実感しました。しかし、私たちが声を上げ行動することで社会を変え、より住みやすい街を造っていくことが大切だと感じました。 「ピアスクールを受講するにあたっての思い」 森園 美智子(もりぞの・みちこ)  私がピアスクールを知ったきっかけは、20代の頃、友人がピアカウンセラーになるためにピアスクールに通うので、会場につれて行ってほしいのと、体力がないのでレポートの提出のためのワープロ打ちを代わりにしてほしいと頼まれたことで知りました。  当時は、手伝い程度で、ピアカウンセラーがどういったものかなどの詳しい内容は知りませんでしたし、私自身バイトに追われる日々で詳しい内容を知ろうとも考えませんでした。   しかし30代になり、足の治療で大手前整肢学園に入院することとなり、障害をもつ小さな子供から同年代の大人の方や多感な中高生達と生活を共にしたことで、今までにはわからなかったことや、まったく思いつかなかったことなど、年代別の考え方や思いにふれることにより、自分自身の考え方が大きく変わっていくのを実感しました。それによって、入院前の仕事場でのトラブルや退院後の生活などの悩みを冷静に見直すことが出来、少し道が開けてきました。  そして、心にも余裕が生まれてきたことで、自分にとって大きな転機であると思った私は、「今、自分は一番何をしたいのか?」「どうすれば自分らしく生きていけるのか?」と考える時間が増えてきました。  考えた結果、自分は人と接することや、話をすることが大好きで、たくさんの人たちの思いに触れることによって、自分の悩みがなくなったのだと知りました。また、ピアカウンセラーを目指していた友人が言っていた、障害をもつもの同士だからこそ理解しあえるのだという言葉を思い出した私は、もっとピアカウンセラーのことを詳しく知りたいと思いました。  そして、大手前整肢学園のケースワーカーさんに「ピアカウンセラーになりたいので、どうすればピアスクールを受講できるのか」など相談をしました。その時、「前回の受講者の方の体験談やスクールの日程などを書いた一冊の冊子を読んでみてから相談にのるよ」とのことだったので、その日に読みました。読んでみて、ハッとしたり、共感をしたのが、「完全介護を初めて体験してわからなかったことに気づけました。」や「自立にも様々な形があることを学びました。」という点でした。  20代では思わなかった受講したいという気持ちが冊子を読んだことによって強くなり、ケースワーカーさんに思いを伝えると、ちょうどピアスクールの申し込みがあることを教えてもらい、申し込みをすることにしました。  まだ、ピアカウンセラーのことはよくわかりませんが、ピアカウンセラーになりたいという夢と自分らしく生きていくといった内容の体験談を読んで、自分も共感しました。  ピアスクールに通うことで、新しい仲間との出会いや、様々な思い、考え方を知ることによって、自分自身のさらなる成長にもつながるのではないかと、期待でいっぱいです。  まだ現在も入院中ですが、入院をしたからこそめぐってきたチャンスだと思っておりますので、受講できる運びになれば、一生懸命がんばって学びたいです。  写真:調理のための買い物をする森園(もりぞの)さんの上半身 「ピアスクールを修了して」 森園 美智子(もりぞの・みちこ)  私は、ピアスクールが始まるまでは、同じ障害をもった方や、自分と障害が違った方がどのように自立されているのかなど、まったく知りませんでしたし、知ろうともしませんでした。  今回、入院がきっかけで、自立について考えさせられることがあり、自分なりのイメージを持って受講を始めていました。話を聞くたびに、「あっ、私の持っているイメージはかたよってるなあ」といつも気付かされることばかりで勉強になりました。  特に心に残ったのは、「自立にも様々な形があり、家を借り、仕事をし、一人で生活するだけが自立ではないんですよ」と言われた時がとてもはっとしました。今まで私は親に自立とはそういうものだと教えられていたからです。「まず自立の基本は、自己主張すること、自己決定すること、自己責任をとることです」と話に出てきた時に、目からうろこが落ちる思いでした。このことに気付けたことが何よりもピアスクールを受けてよかったです。  情報社会とはいえ、まだまだ知らないことだらけですが、ピアスクールで得た知識と仲間との絆を大切にし、これからは様々な場面でピアスクールで教わったことを活用していきたいです。   半年間、休んだこともあったけど、本当に貴重な体験や知識や仲間を与えてもらえる場をありがとうございました。  15期ピアスクールの事業補助として力を貸してくださった田坂学(たさか・まなぶ)さん、松瀬綾子(まつせ・あやこ)さんにも講座を終えての感想を寄せていただきました。    半年間本当にお疲れ様でした! 「事業補助として関わってみて……」 事業補助者 田坂 学(たさか・まなぶ)  事業補助として携わらしてもらえて「本当に良かった」という思いでいっぱいです。  まず、受講生の方達と一緒の時間を過ごさせてもらって感じたことが2つあります。  1つ目は、「経験すること」の大事さです。「ILP(アイエルピー)を体験しよう!」、「みんなでクッキング」などの「体験」がメインの講座を受講していくごとに、みなさんの表情が、どんどん豊かになっていったからです。  経験していくごとに自信がついていき、いろんなことにチャレンジしてみようと意欲が湧いてくる……。それがクリスマス会での笑顔につながっていったのではないかと思います。  2つ目は「仲間」の大切さです。クリスマス会の当日、受講生同士が連絡先を交換し合う様子を眺めていて、半年間同じ時間を過ごした者同士の絆を確かめ、お互いを「仲間」として認め合っているように思えたからです。  これからも「仲間」との絆をよりいっそう深めながら、自分らしい生活を送っていってほしいと思います。  みなさんのこういう姿をそばで見ることができて、「私は幸せ者だ」と思っています。  次に、私自身のことを振り返ってみると、いろんなことを勉強させてもらいました。中でも、受講生の方が主体となって動くことがメインとなる講座での接し方については、自問の繰り返しでした。「さっきのは手を出しすぎてたかも……」とか、「今の声かけで良かったのかなぁ……」といった感じで。  そのことで、事務局の方に何度も相談にのってもらい、「アドバイスしてもらったことを次回から取り組めるように」と自分に言い聞かせていました。  アドバイスしてもらったことで特に心に残っているのが、「本人から経験の場を奪うような接し方はしないように心がけてみては」という言葉です。この言葉を聞いた時には、モヤモヤが解消されたのと同時に、自分が良かれと思ってやったことが結果として、本人から経験の場を奪っていたのかと、すごく反省させられました。  今後も、一人でも多くの方に対して、「本人から経験の場を奪わない」接し方ができるように心がけていきたいと思っています。  半年間、本当にありがとうございました。 「事業補助として関わって」 事業補助者 松瀬 綾子(まつせ・あやこ)  ピアスクールの事業補助をさせて頂き、ありがとうございました。  前回と違い、受講生の方々が多く、まず思ったことが、個性豊かな感じがしました。回を重ねる度に、一人一人の個性が光り出しました。個性が強い分、ぶつかったりもしていましたが、ほかの人に自分の気持ちを伝えること、相手の話を聴くこと、とても大切なことだと思いました。また、思いやりの心を持ち、苦手な部分や新しいことに積極的にチャレンジされる受講生の方々、とても輝いていました。  ピアスクールは修了しましたが、素敵な仲間ができたと思います。これで最後ではなく、これからもみなさん同期として、つながりを大切に、仲良く集まって頂けたら嬉しく思います。もちろん、良ければ私も誘って下さいね。  残念なことは、もっとみなさんと一緒の時間が過ごしたかったです。行き届かない点が多々あったと思いますが…。  温かい受講生のみなさんと知り合えて嬉しかったです。ありがとうございました。また、講師のみなさま、スタッフの方々、学ばせて頂きありがとうございました。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ■第1期ピアカレッジ 感想文集 ◎はじめに  ピア大阪では 2009年度よりピアスクール修了生を対象にしたステップアップのための講座「ピアカレッジ」をスタートしました。ピアスクールを修了してもなかなか活動の場がないという方、自立生活センター等ですでに活動されていてスキルアップの場がなかなかないという方を対象に、自立支援、差別とは何か、社会資源の作り方や会計の基礎、権利擁護について勉強をしました。また、成年後見制度をテーマにしたピア大阪第4回人権講座(2010年1月16日実施)の企画を担当していただきました。最後に、「特別プログラム」として、受講生それぞれの希望に基づきながら、一人ずつ別々の自立生活センターにて3回の実習を受けました。実習を受け入れていただいた各自立生活センターのみなさまにはこの場をお借りし再度御礼申し上げます。  ピアカレッジの1期生として受講し、修了されたのは7名のみなさんです。  感想文集にしましたので、ぜひ、お読みくださって、ピアスクール修了生がいかにステップアップされたかを知っていただけたらと思います。 ◎第1期ピアスクール修了生一覧  ※名前 性別 障害 所属(修了当時)の順に表形式で記載されています。  池田 勇人(いけだ・はやと) 男 肢体障害(脳性マヒ) 自立支援センターぱあとなぁ  岩下 彩(いわした・あや) 女 肢体障害 あるくる  児嶋 けい子 女 肢体障害(骨形成不全) 自立支援センターぱあとなぁ  田中 康弘(たなか・やすひろ) 男 盲ろう NPO(エヌピーオー)法人大阪盲ろう者友の会  丸野 裕司(まるの・ゆうじ) 男 肢体障害(脳性マヒ) あるくる  矢野 真子(やの・まさこ) 女 肢体障害(脳性マヒ) 自立生活センターリング・リング  山ア ゆき(やまさき・ゆき) 女 肢体障害(脳性マヒ) なし ◎第1期ピアカレッジカリキュラム  9月18日(金)開校式・障害者運動がかちとってきたもの 川嶋雅恵(かわしま・まさえ)さん〈自立生活センター・ナビ〉    25日(金)被差別体験についてのグループワーク 玉木幸則(たまき・ゆきのり)さん〈メインストリーム協会〉  10月2日(金)社会資源を創るには 枡谷礼路(ますたに・あやじ)さん〈NPO(エヌピーオー)法人み・らいず〉    16日(金)会計の基礎平下泰幸さん 丸山操(まるやま・みさお)さん〈自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター〉    23日(金)自分を語って、自分をほめよう! 平下耕三(ひらした・こうぞう)さん〈自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター〉    30日(金)グループワーク 事務局  11月6日(金)権利擁護とは 佐野武和(さの・たけかず)さん〈CIL(シーアイエル)湖北(こほく)〉    20日 (金) 講座のつくり方:演習〜その1 事務局    27日(金)講座のつくり方:演習〜その2 事務局  12月4日(金)講座のつくり方:演習〜その3 事務局     18日(金)未来予想図のグループワーク(午前) 三井孝夫(みつい・たかお)さん〈NPO(エヌピーオー)法人リアライズ〉          講座のつくり方:演習〜その4(午後) 事務局  1月15日(金)特別プログラム:実習〜その1(午前・午後)    22日(金)特別プログラム:実習〜その2(午前・午後)     29日(金)特別プログラム:実習〜その3(午前・午後) 事務局  2月 5日(金)修了式 愼英弘(しん・よんほん)さん(四天王寺大学大学院) ◎受講生ビフォー★アフター  ピアスクールの感想文集の形式と同様に、ピアカレッジ生がどんな思いでピアカレッジを受講されたかの受講動機の作文、講座を受けてどうだったかの感想文を一人ずつについて並べてあります。  なお、ピアカレッジ生が特別プログラムでお世話になった実習先は以下のとおりです。  池田 勇人(いけだ・はやと)さん 自立生活センター・ナビ  岩下 彩(いわした・あや)さん 自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センター  児嶋 けい子(こじま・けいこ)さん 自立生活センター・おおさかひがし 自立支援センターOSAKA(オオサカ)ぽらんぽらん  田中 康弘(たなか・やすひろ)さん 自立生活センター・あるる  丸野 裕司(まるの・ゆうじ)さん 自立支援センターぱあとなぁ  矢野 真子(やの・まさこ)さん 自立生活センター・まいど 自立生活センターFlat(フラット)・きた  山ア ゆき(やまさき・ゆき)さん 障害者生活支援センター・いきいき  ピアカレッジ修了作文では、受講前と比較して、みなさんの変化や今後の意気込みなどを感じ取っていただけたらと思います。 (五十音順) 「ピアカレッジを受講するにあたって」 池田 勇人(いけだ・はやと)  思えば14年前からこの業界に携わってきました。初めはヘルパーとして介護をしました。障害当事者の介護に入りながら、自分自身の障害のことを受け入れず、当事者や先輩達を困らせていたということは言うまでもない。「介護者と障害者」が仕事でなく友達として向き合える時代が望ましいと言ってきたのは、裏を返せば昔から僕は負けず嫌いで、あまり自分自身の障害を意識しないまま育ち、強がりなままに友達を作れてきたという自信からである。考えてみれば良き友達に恵まれすぎていたせいかも知れない。   それから、いろんな障害者と向き合い、環境を知り、生き様を知り、友達作りさえ、恋人作りさえ、困難さを伴っているということも今は理解できるようになった。  15年前までは他の障害者がどれだけ汚い言葉をはかれていたとしても、障害者は別者ととらえ無関心さを装うことで必死だったように思う。今、そういうことでいちいち敏感になっていってしまってるのは、やっぱりこの仕事が好きなのであろう。  自分より若い世代の障害者スタッフや健常者スタッフにはお互いに友達として向き合えるような人間関係性を求めている。しかし、対等性を重視すれば、まだまだ難しいように思う。  障害者自身が一般社会に溶け込んでいくのは決して簡単なことではない。理想や志が高い分、悲しい現実がある。熱い闘志をいだきながら、このピアカレッジに臨もうと思います。  写真:マイクを手に話をされる池田(いけだ)さんの上半身 「ピアカレッジを修了して」 池田 勇人(いけだ・はやと)  30年前と比べて、障害当事者の暮らしは良くなってきている。青い芝の会などの障害者運動のおかげだといっても過言ではない。ヘルパー制度も良くなり、同性介護の重要性も整ってきたように思う。一見障害者と健全者が対等に向き合えるような社会になってきたかのように思う。  しかし、現実問題と向き合うとき、まだまだ差別の壁はあつく、障害があるというだけで普通学校に行けなかったり、就労差別を受けたり、結婚ができなかったりする。私はこのような話をやはりなんとかしたいと思う。  障害者と健全者がともに生きている環境が整えば、自然に差別はなくなっていく。障害者の生活水準と健全者の生活水準と比べた場合、やはり障害者運動はやらなくてはならない。いままでいろんな障害をおもちの方と向き合ってきたように思う。障害の種別は問わず、身体、知的、精神と。  10年前はいとも簡単に「障害者と介護者が友達になったらいいねん、ほんならお互い気をつかう関係ではなく、切磋琢磨してお互い伸びていけばいいねん」とかまわりの者に言ってきたが、自分自身が障害当事者と真っ向から向き合えているのかというと自分が恥ずかしくなる。今から思えば、健全者の中にもまれながらでも、自分をいい環境に置きすぎたせいかもしれない。そして、私が障害者福祉に関わりだした当初、阪神大震災の影響でボランティアがふえ、志が高い人も多く、愚痴りながら、悩みながら、いい社会にしていこうとする人も多かったし、また、口論になることも多かったように思う。  私たちの時代が青い芝の運動の矛盾を考えたように、今の20代も私たちの時代の矛盾を指摘するかに思う。ただ、難しい時代になったなと思うのは情報社会、メール社会のおかげで、対話する力がへり、また障害者と健全者が仕事をしても割り切れる時代になってきて、言い合いできるほど仲がいい関係性を築き上げるまで多少のエネルギーがいる時代になってきたかに思える。いち個人としては寂しいと思う。32歳は32歳のプライドをもちつつ、障害者運動を盛り上げていこうと思う。 「ピアカレッジを受講したい動機」 岩下 彩(いわした・あや)  私が、ピアスクールを受講した時は本当に何をするにもマイナスなことばかり考えていました。そんな時期もありましたが、ピアスクールを受講して毎週仲間に会える楽しみ、そして仲間からや講師の先生、ピア大阪の人からいろいろ学びました。エンパワメントってそれまで全然知らない言葉だったけど、仲間の力ってすごい力を持っているんだなと感じました。  私は中途障害で、普通に高校2年の途中まで高校に通っていました。いきなりのことだったので、突然身体に障害をもったことに混乱していました。その頃は自分が嫌で嫌でしかたなかったけど、同じ障害をもつ仲間に支えられてここまで強くなれました。  ピアスクールで毎週いろいろと話ができたし、勇気づけられて自信を持つことができて、今すごい幸せに思っています。ピアスクールが初めは長いなって思ってて、最後までちゃんと行けるのか不安に感じていました。いろいろ悩みを聞いてもらって、自分もできるんだって思えるようになって、前向きに考えられるようになり、念願だった一人暮らしも今年することができました。人とのつながりってすごい大切やなって感じました。  私もずっと施設に入所していたので、相談する人もいなくて「自分が我慢すれば…」っていつも思っていました。私は今現在、話ができる人がいて、相談をすることができています。相談ができたから今の自立生活が送れるようになったので、私も話をしてもらえるような人になりたいなと思っています。施設入所をしている人ってまだまだいるので、その人たちが当たり前の生活を送れるように支援していきたいなと思っています。  まだまだ、わからないことだらけですが、私もいろいろ勉強しつつ、応援していけたらなと思っています。  写真:マイクを手に話をされる岩下(いわした)さんの上半身 「ピアカレッジを受講して」 岩下 彩(いわした・あや)  案内を見たとき、参加したいなと思いつつ、半年は長いなと思いました。私が受講したいなと思った理由は、去年自分が自立したのがきっかけでした。都島区にある自立生活センターで相談していましたが、その時に、いつか自分も自立がしたいと思っている人の応援がしたいなと思っていました。  始めのほうは緊張もしていたので、他の受講生と話すことができなくて、今思えばもっと交流しておいたらよかったなと思います。  講義の中で障害者運動の話をしていて感じたことは、先輩たちが苦労をして今の社会を作ってきたことが今の私たちの生活に深く関わっていることをあらためて聞くことができ、本当にありがたく感じました。大変だったろうけど、同じ思いで闘う仲間の力ってすごいなと思いました。  権利とか差別のお話をしてもらいましたが、正直言ってこの問題が今まで私もよく理解できていない状態でした。だから、質問されて答えられない自分がものすごい恥ずかしかったです。難しい課題で、もっと私も勉強しないといけないなと思いました。  私もCIL(シーアイエル)で仕事がしたいって思ってはいましたが、人から相談を受けてもこんな状態の自分では頼りないし、ダメだなと感じました。講義でいろいろと話を聞かせてもらって、本当にもっと勉強をしないといけないなって感じました。知らなかったことがたくさんあって、気付かされたことがたくさんありました。  講座を作る時に講師の依頼に行かせてもらいましたが、初めてのことでものすごい緊張しました。実習でも電話をとらせてもらったり、朝礼で進行役をさせてもらったり、相談にも少しだけ入らせてもらったり、ILP(アイエルピー)の企画や下見もさせてもらいました。全部が初体験で緊張の連続でした。でも、実習先の夢宙センターの人からかけてもらった言葉で安心することができ、楽しんで体験できました。「失敗してもいいんやから、思いきってやり」って言ってもらい、気持ちがすごく楽になったので、楽しんでできるようになりました。ILP(アイエルピー)の企画をたてるのとか、難しい難しいって私が悩んでいたとき、「相手を楽しませるにはまず自分が楽しまないと楽しさは伝わらない」って「まず、自分が楽しめるようなことができたら、自然に相手に伝わる」っていうことを教えてもらいました。  それから、自分が楽しんでできるようになってきました。「下見やねんから、みんなで迷いながら、道を探していけたらいいんやし、一人で全部抱え込むことないよ」と言われて、一人で全部しようと頑張りすぎると楽しめないなと気付きました。  終わってから、一緒に行った人たちから「すごく楽しかった。ありがとう」って言ってもらえて、大変やったけど、喜んでもらえたから本当によかったなと思いました。何か新しいことをすると不安なこととかいっぱいあるけど、まわりの人に支えられて力をあわせることがいろんな可能性を生みだせるってことを教えてもらいました。  私自身、まだまだ勉強不足かと気づいたし、仲間の支えを大事に考えていきたいなと感じました。そして、私も人を安心させられるような言葉が自然にかけられているような人でありたいなと思います。 「ピアカレッジを受講するにあたっての思い」 児嶋 けい子(こじま・けいこ)  私はピアスクールの修了生(8期生)で、かれこれ6〜7年は経っていると思います。当時は障がい者制度のことや運動の歴史など、まるで無知でしたし、ましてや自立生活もしていなかったので、受講して、全てにおいて、カルチャーショックでした。  私には果たして将来、自立生活をしてCIL(シーアイエル)で仕事をするなんて出来るのだろうか・・・。と考えさせられたり悩んだりしました。  ですが、受講しているうちに、自立生活をしたいという願望が強くなり、修了してからは、その時の経験を生かしながら、少しずつ目標に向けて、出来ることから取り組んでいくようになりました。  しかし、当時は地元では自立生活をされている方が今よりも少ないのが現状だったため、ロールモデルと言われる、実際に自立生活されている方の話や、自立生活をするために必要な情報などを大阪市まで足を運ばないと入手できなかったので、地元での自立生活をすることは難しいことなのかなと諦めかけた時もありました。  ですが、ピアスクールの同期の方達や周りの方の励ましがあったので、自立生活を実現することが出来、こうして今、CIL(シーアイエル)で働くことが出来たのは、やっぱりピアスクールを受講したからだと思います。  CIL(シーアイエル)で仕事をするようになってからは、学びたいことはあっても機会がなく、何が良くて何が間違っているのか、この場合どうすれば良いのかなど、わからないことが多いので、CIL(シーアイエル)で働くための知識は出来る限り知っておきたいと思い、受講することにいたしました。  受講することによって、今以上に自分の枠を広げたいと思います。そして、地域で暮らしている、自分らしく生きていきたいと思っている方達の力になりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。  写真:車いすに乗り、マイクを手に話をされる児島(こじま)さんの上半身 「ピアカレッジを終えて」 児嶋 けい子(こじま・けいこ)  ピアスクールを卒業してから、年月がたち、自立生活を送るようになり、地域の自立支援センターで働くようになりましたが、さらにスキルアップするための勉強の場がなかったので、どこかで勉強をできる場がないかと思っていたところに、このピアカレッジのことを聞いて、ぜひ勉強したいと思い、受講することにいたしました。  “他のCIL(シーアイエル)で実習を受けることができる ”ということと、CIL(シーアイエル)で働くために自分は何をするべきなのか、どういう所を理解していかなければいけないのか、いまさら、聞くに聞けないことを学べるというのが、私にとってはメリットでしたので・・・。今、住んでいる地域では、こういうことを学べる場所はありませんので、こういう所に参加できることは大変ありがたいと思いました。  カレッジの最初のほうは、いろんな講師の方の話を聞くことが主でしたが、ピアスクールと違って、実際に仕事をしていて聞きたいと思っていたことを講師の方が話してくださいましたし、質問にもわかりやすく答えてくださったので、大変うれしかったです。  講座の作り方は、職場でも実際に担当になって関わっているのもあり、経験済みではありましたが、人権講座については初めてでしたので、成年後見制度という今まで知らなかった制度を知ることができたので、良い勉強になりました。後に役にたつことがあるのではないかと思います。  そして、最後に一番楽しみにしていた実習がありました。以前から大阪市のCIL(シーアイエル)の一日はどんな風に行動されているのかを知りたかったので、実際に見ることができましたし、今の職場で、いずれ相談業務もしなくてはいけないと思うのですが、何をどのようにしていけばよいのかわからなかったので、ぜひ学んでみたいと思っていたのですが、ロールプレイで体験して学ぶことができたので、とてもうれしかったです。それと同時に安易な考えではできることではないということも痛感しましたが・・・。  そういったことを経験させてもらえたので、このピアカレッジはいかにレベルが高いものであることを参加していて、とても感じました。やっぱりすごいなと・・・。このピアカレッジで貴重な体験をさせていただいたことをとても感謝しております。  ありがとうございました。 「ピアカレッジ受講にあたって」 田中 康弘(たなか・やすひろ)  2000年に第6期ピアスクールを受講させてもらったが、その頃はピアカン体験や、自立をしている先輩の家を訪問することはあったが、ILP(アイエルピー)のようなものはまだやってなかったと思う。  今回のピアカレッジでは、会計のことや講座の作り方も学ぶということなので、是非受講させて欲しい。  大阪盲ろう者友の会は、今年度NPO(エヌピーオー)法人となり、やっと法人格が取得できた。将来的には、大阪にも東京のような盲ろう者向けの支援センターを作りたい。そして、盲ろう者向けのガイドヘルパーや通訳・介助者の養成講座を盲ろう者自身で開けるようになりたい。  今年度の第1期ピアカレッジの受講を申し込みます。 「第1期ピアカレッジを受講して」 田中 康弘(たなか・やすひろ)  今回のピアカレッジは色々なことを学ばせてもらって良かった。  第1回目の障害者運動がかちとったものという講義では、障害者が権利を主張し、制度の充実を図るために仲間の団結がいかに大切であるかを学ばせてもらった。健常者と障害者の交流キャンプには行政の人にも参加してもらうのは、障害者のことを理解してもらうのにとても良いと思う。  被差別体験の講義では、我々がリーダーとして活動する場合、何が差別になるかを常に考えながら、活動しなければならない。いままで、人権という言葉をなにげなく使ってきたが、実際にこの言葉について誤解を与えないように説明するのはなかなか難しい。人間として与えられている権利という説明では犯罪行為をすることも人権になるのかと思われる。  会計の基礎については、私は作業所や友の会の会計をやっていたこともあり、それほど難しい話ではなかった。私自身は簿記の話をしてくれるのかと思っていたので、今回の会計の話はレベルが低いように思えた。  人権講座の作り方では人によって考え方が違うことを物的に表すのに紙を4つ折りにして、その角を2か所切って、真ん中に穴をあけて、紙をひろげたときの形が人によって違うことで表せるのがなかなか面白かった。盲ろう者にもわかりやすかったと思う。ただ、企画力を養うためにやるのであれば、人権講座当日も役割を決めて、司会とかも担当しないと意味はないと思う。  実習の特別プログラムでは、作業所事業と相談事業とヘルパー派遣事業の3つをこなしている自立生活センターへ行ったが、ここでは色々な障害者のことを知ると同時に盲ろう者のことも知ってもらえたのが良かった。特に、点字についてはセンターの人みなが興味を持ってくれた。指に麻痺がありながら、指点字で話をするのは大変だと思うが、センターの人は私と実際に話をしたいという気持ちがあってできたのだと思う。盲ろう者に通訳をするのにもまずは伝えようという気持ちからだと思う。今回は盲ろう者は私だけだったので、指点字の話題になったが、盲ろう者の啓発にもなるので、他の盲ろう者にもピアスクールとピアカレッジを受けることを勧めたいと思う。  今回の講演は講師から受講生に質問をなげかけてもらい、一緒に考えるというやり方だったが、受講生のみなさんに関心を持ってもらうのには良い方法だと思った。  このピアカレッジの受講にあたり、通訳・介助者やガイドヘルパー、その他のスタッフにはいろいろとお世話になり、ありがとうございました。  写真:マイクを手に、話をされる田中(たなか)さんの上半身 「ピアカレッジを受講するにあたって」 丸野 裕司(まるの・ゆうじ)  僕がピアカレッジを受講しようと思ったのは、ピアスクールの卒業生が条件で、応募の紙のカリキュラムを見て、すごく楽しそうだし、勉強できるのがすごく魅力的な内容だったので応募しようと思いました。  僕は、現在一人暮らしをしています。ようやく半年が経ち、生活にも慣れてきました。  生活を始めた当初は何もかもがわからない状態で、色々不安なことが多く、一日暮らすのに大変でした。今まで経験したこともなかったし、母親にやってもらっていたことが全部自分で行わないといけなかったし、どうしたいかをヘルパーさんに伝えて考えながら生活を組み立てていかないといけないことが難しかった。  今でも難しいと思うのは、料理を考えないといけないので、いつもいつも悩みながらメニューを決めているけど、料理の経験が全くなかったのでレパートリーが少ないので、いつもかたよったメニューになってしまったり、切り方がわからなかったりするので、ヘルパーさんにいろんなことを聞いてアドバイスしてもらい何とか乗り切っています。  生活の中で気をつけてほしいことがあるので、マニュアルを見ながら覚えてもらったり、自分で伝えることを工夫しながら頑張っています。  ピアスクールに通っていたときは、初めの頃はなかなか自分を出せなかったり、どんなことをするのか全然わからなくてドキドキしていました。ピアカンは通っている作業所でもやっていたし、講座も受けたことがあったので、それだけは内容がわかっていて、どんなことをするのか楽しみでした。講師の人が今までにあったことなどの話を聞いたりしたことがなかなかないことなので、貴重な体験をしていること等を痛感しました。僕が知らないことだったり、新しいことを知れることが、毎週金曜日のピアスクールに参加するのが日に日に楽しみになってきました。  僕は将来、自立生活センターで就職しようと思っているので、このピアカレッジに参加することで自分に新しい知識が入ってきたり、勉強になることが多いので頑張りたいです。あとは、新しい人との出会いも大切にしていきたいと思っています。ピアカレッジで一緒になった人と色々なことを話してみたいし、いろんなことをアドバイスや工夫していることを聞いて、自分のものにしたいです。  このピアカレッジを通して、色んな経験をして、今後に生かせればいいなと思っています!  写真:丸野(まるの)さんの上半身 「ピアカレッジを受講して」 丸野 裕司(まるの・ゆうじ)  ピアカレッジを知ったのは、ピア大阪からのお知らせでカレッジがあるのを知りました。内容を読んでみて、ピアスクールで学んだことを活かせるし、スクールからの次のステップだし、第1期というのにもひかれて受講しました。  受講して思ったことは、仲間作りが大きなことなんだなと思いました。僕らがこんなに充実した生活を送れているのも、障害者の訴えや思いを伝えるために団結して、闘った結果があるからと話を聞いて思いました。  CIL(シーアイエル)の事業所の立ち上げにも、一緒に手伝ってくれる仲間がいると心強いと思いました。立ち上げのために街頭に立って、カンパ活動を行ったり、一緒にやってくれる人を探したり、意見がくいちがった場合はとことんまで話し合いをしたり、お金のことも細かいところまで聞いたのが初めてだったので、立ち上げるのにこんなにかかるんだなと思いもしなかったので、びっくりしました。資料を用意するのにも、色々準備が大変な苦労するんだなと思いました。  印象に残っていることは、実習に行けたことが良かったです。今まで、他の事業所を見たことがなくて、どんなところに行くのかなと緊張していました。行くところを聞いたときは、びっくりだったし、東大阪という場所がどこにあるのかがわからなくて調べました。  初めて、東大阪にある事業所さんに行ってきました。1日目は緊張してどきどきものだったけど、事業所のみなさんが温かく迎えてくれて、ほっとしました。  事業所の立ち上げのときの話や、作業所との関わりや東大阪での制度がどのようになっているのか、大阪市との違いの話を聞きました。思ったのが地域によって違いがあるというのは知っていたけれど、違いがまだまだあって、制度を使うのにも地域差というものがあったりするのも知れてよかった。  2日目は、東大阪の役所に行って、利用者さんが利用しているところを見学させてもらい、役所の人にも少しだけ質問をさせてもらったり、役所に置いてある資料をもらって、自分でも役所には行くけれど、なかなか他の人がしているところを見る機会がないので、いい経験になりました。  3日目は作業所さんの見学でした。午前中は知的障害者の作業所さんの見学で、ねじを組み立てて納品して、給料をもらっているところだったので、僕が行っている作業所とはまた違うなと思って、少しだけ作業させてもらってすごい数のねじでびっくりです。昼からは、事業所の隣にある作業所さんが茶話会をしてくれて、色々な話ができて、番号交換もできて、すごく仲良くなれてよかったです。  3日間通して経験できたことが良かったし、実習の期間がもう少し多くても良かったかなと思います。  ピアカレッジを受講して、多くのことを経験できたと思います。普段聞けないような話を講師の人達が色々な角度で思いを話してくれたり、一緒に考えたり、受講生の意見やセッションしたりしながら、学ぶことができたので、この期間はすごく多くのことを考えたり、発言できたことが良かったです。今後も経験したことを出していければいいなと思います。 「私がピアカレッジに参加したい理由」 矢野 真子(やの・まさこ)  私は、今神戸で一人暮らしをしています。ピアスクールに通っていた頃は、まだ奈良の実家で家族と暮らしていました。その時は、まだあまり外出することもなく、悶々としていました。そして、たまにそちらの自立生活体験室を利用させてもらい、いつか一人暮らしをする練習をしていました。それで、ピアスクールの情報を知り、参加することになりました。その頃は、ピアカウンセリングというものが何だかわかりませんでした。でも、参加していくにつれて、気持ちが軽くなっていったことを覚えています。  その頃、私と親との関係は、悪いというわけではなかったのですが、親は、一人暮らしをしたいと言っている私に対して、本当にやる気があるのかとか、仕事はどうするの、あなたは身体が動かないんだから、頭を鍛えなさいと言って厳しいことばかり要求してきました。それが、親の愛情だということは理解していたのですが、その期待に私は、押しつぶされそうになっていました。  ピアスクールで最初に教えてもらった、自分たちには力がある、何でもできる、否定・批判をされない場所があるということに、だんだん自分が好きになっていき、自信を取り戻せたことを覚えています。  現在、神戸の自立生活センターのスタッフになって一年半になります。そんな中、一番今思っていることは、ピアカウンセラーとしてスキルアップをしたい、もっと、いろんな障害者の方と、語り、話を聞いたりいろんな体験をして、自分の視野を広げたいということです。私のセンターでは、いろんな講座やイベント、ピアカウンセリングなどを少ない人数で一生懸命活動しています。私も、いろんな勉強や研修、仕事などをやらしてもらっていますが、今一番思っていることは、自分の力不足です。いろんな活動をやってみたいと思うだけでは駄目だと思っています。このピアカレッジに参加することで、ピアカウンセラーとして自分がどういう風になっていきたいのか、自分の個性を伸ばしていけるのか、そんな手がかりを探したいと思います。 「ピアカレッジに参加して」矢野 真子(やの・まさこ)  今、ピアカレッジを無事卒業できたことをうれしく思うとともに自分に少し自信がついたと感じています。  9月〜2月までのカリキュラムを見たとき、最後まで通い続けることができるか不安でした。途中で挫折するのではないかと思っていたのですが、毎回とっても興味深いものだったので、毎週楽しみに通うことができました。ありがとうございました。  権利擁護について20年後自分の住む町がどうなっていてほしいか、そのために自分には何ができるかなど前向きに考えることが多かったような気がします。  私もピアカウンセリングを少しずつやっているのですが、その中でよく目的としてよく聞いている中で私が苦手なことは社会変革ということです。  私はずっと心の中で社会変革なんてそんなだいそれたことはできないと思っていました。でも、自分が今までなぜそう思っていたのかをカレッジに通いながら、時々考えていました。  私は誰かに何かを教えてもらったり、習ったりしてからじゃないと何もできないと思っていたと気付きました。自分で考え出したりすることを怖がっていたと思います。  でも、カレッジで行かせてもらった実習先のみなさんは「矢野さんは自分のセンターでどんなことをしているの?」とか、私がこれからどんなことをしていきたいのかなどを親身になって聞いてくれました。私の質問にもたくさん答えてくれました。  私はピアカレッジを卒業して決めたことがあります。それは、率先してリーダーシップをとり、自分が誰かのロールモデルになることを自覚して、たくさんの仲間に助けてもらいながら、自信をもって進んでいこうと思います。   私が尊敬する人は今5人いるのですが、その人たちのあとを追いかけ、いつかは追いつくぐらいの勢いで頑張って、自分らしい道を進んでいこうかと思います。  写真:矢野(やの)さんの上半身 「ピアカレッジ受講にあたって」 山ア ゆき(やまさき・ゆき)  私は、ピアスクール10期を受ける前、ピアカンのことなんか、まるっきし知りませんでした。それに近いやり方は、やっていたと思います。   修了した後、ピアカンに興味を覚え、4、5年ほどたった時に、どんどん浅い場所から深い場所へ徐々にはまっていく自分がおりました。ピアスクール生の時に、カウンセラーとして尊敬できる人に出会い、私もこの人のようになりたいと思いました。  今現在、フリーのピアカウンセラーと相談役になろうと、勉強をしています。  10期生の時は、漠然としながら受けていましたが、ピア大阪のニュースドリームの中にピアカレッジの申し込み用紙を見つけた時、自分の中で何かが変わり、もう少しピアカンと相談支援の仕事について、詳しく学べるかも知れないと感じました。それに、人権をいまいちわかっていないこともあって、今回ピアカレッジを受講したいと思います。  特に心惹かれたのは、特別プログラムの実習と、会計の基礎と演習、でも全部カリキュラムを見ていたら、ピアスクールより、もっと具体的な内容に心を惹かれます。  ピアカレッジを受講する前と後での違いを、今から想像してみたら、今まで以上に自分に自信がつき、また新しい自分の発見もできるのではないか!と希望をふくらませ、今まで以上に、エネルギーがわいてきます。  もっと具体的に勉強し、今から少しずつ変わっていく自分に、チャンスをください。  写真:山ア(やまさき)さんの上半身 「第1期ピアカレッジを受講して」 山ア ゆき(やまさき・ゆき)  ピアカレッジを受講できたことを誇りに思います。ピアカレッジ第1回目から、話が濃かったです。私が印象に残っている言葉があります。第1回目の自立生活センターナビの川嶋(かわしま)さんの言葉で、リーダーになっていく心構えのひとつにあきらめたらあかんということをおっしゃいました。  いろんな講師の話を聞いていても、自分たちがあきらめていたら、そこで夢をあきらめることになるんかなと思いました。  第4回目の自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターの平下耕三(ひらした・こうぞう)さんの講座でピアカン方式でしたが、色々あって、平下さんの説明の中で、障害当事者は自分を語ってなんぼ!という言葉が印象に残っています。  いろんな講師の言葉に重みがありました。実際、いろんな体験をされてこられたからかなと思います。  第2回目の「被差別体験のグループワーク」の玉木(たまき)さんの講座で初めて被差別体験の話がわかりやすかったです。このときから確か人権問題について話してくれました。だけど、その時はまだ、人権問題は私自身がわかっていませんでした。ようやく、人権問題をわかりかけてきたのは最後の「未来予想図のグループワーク」の三井(みつい)さんの時にようやくわかりかけてきたかなと思います。  実際問題、今でもしっかりと社会資源を理解できているかと聞かれたら、まだわかりません。これから少しずつ自分の課題のひとつとして、自分のペースの中でわかっていきたいです。  また、3回目の「会計の基礎」のやり方で、会計のつけ方次第でのおもしろさに出会いました。それからは、自分のおこづかい帳のつけ方を教えてもらった通りに実践しています。  講座をつくる時、私は講師依頼に行きました。緊張して、何を言ったらよいのかわかりませんでした。うまくしゃべれなかったです。  初めて成年後見制度があることを知りました。人権講座にどうしても参加をしたかったです。参加し、自分の意見を出せた自分に感激しました。どこまで実際理解できるかなと自分に不安でしたが、心配しすぎました。  実習は慣れている場所やからできるかなと思いましたが、慣れている場所やからかえってあらためてやり方とか意識を高めることができたかなと思います。実習の初日は夜に身体が痛くなってしまいました。知っているカウンセラーさんに次の日相談したら、精神面の緊張やって言われました。2日目からはリラックスしながら学びました。  今後、ピアカレッジで学んだことを生かしながらやっていきたいです。 写真@:講師の川嶋雅恵(かわしま・まさえ)さんが舞台を背に話をされている様子。 写真AとB:受講生が講義を聞いている様子。 写真C:演習中の受講生の様子。 写真D:講師の佐野武和(さのたけかず)さんがギターを抱えて、マイクを手に話をされている様子。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ■連載企画!! 「私にとっての障害受容」パート15 イラスト 封筒と一輪の花  当事者なら障害があることで一度は悩みしんどい思いを抱えたことがある人は多いと思います。障害受容ができにくい理由は人それぞれですが、何かをきっかけにもっともっと自分を好きになって楽しい人生を送ってもらいたいという願いを込めて『ニュースドリーム』では当事者の方々の障害受容をめぐっての連載をしています。15回目の今回は山岸かな子(やまぎし・かなこ)さんです。 ◎プロフィール  山岸かな子(やまぎし・かなこ) 聴覚障害(難聴)  1975年生まれ。自立生活センターメインスリーム協会のアテンダントコーディネーターとして勤務。遺伝性の難聴のため、聴力低下、補聴器が必要となる。2007年に身体障害者手帳 6級を取得し当事者スタッフとなる。  2009年、メインストリームの中で聴覚障害部門を発足させ、2010年の6月から独立し、聴覚障害者自立生活センターLIC(リック )を設立した。  写真:右手を上に挙げ、左手を腰に、笑顔の山岸(やまぎし)さん ◎「私にとっての障害受容」  いつから聞こえにくくなったのだろうか。生まれつきの聴覚障害でもなく、病気で突然聞こえなくなったわけでもなく、私は、ゆるやかに聴力が低下し、気が付いたら聞こえなく(正確に言うと、聞こえにくく)なっていたというタイプの障害者だ。    いわゆるボーダーであって、半障害者・半健常者の私が「当事者」になったのは、いくつくらいだったろうか。世の中には、「障害者」と「健常者」と呼ばれる人たちがいて、障害者を支える「介助者=健常者」がいる。私は障害者の自立生活センターで、長い間、介助者として働いていたが、私のように、何らかの障害をもっている介助者は非常に少なかったと思う。なので、自分の立場は、健常者なのか? 障害者なのか? ということで非常に混乱していたと思う。自分の周りに似たような人がいなかったし、目指すロールモデルもなかった。自分の立ち位置がわからなくて探していたように感じる。    小学校の頃は、弟と、しょっちゅう耳鼻科に通っていた。今でも薬の苦さと、管が通る痛みが忘れられない。だから耳鼻科はイヤである。医者によると難聴は治療法もないが、軽度であれば、日常会話に大きな支障はないということだった。    少し大きくなって、母も難聴ということを知る。母と会話をすると、的はずれな回答が多くなった。頭がぼけてるのでは?と幼心に思っていたが、どうやら聞こえていないということがわかった。母親は補聴器をつけているのを隠していたが、だんだん自分で耳が悪いと言うようになった。祖父も同じく難聴だった。    中学、高校になって、席を前にしてもらえればさほど困らなかったが、とりわけ苦手なのが、理科の実験、英語の聞き取り、体育のダンスだった。授業で先生にあてられた時に、私に何を聞かれているのかがよくわからなかったので、それでも自分の聞こえた断片をもとに答えてみたことがあった。先生から、「バカやろう」とひどい言葉が返ってきた。聞き返してみたが、何度も聞いているうちに「お前はやる気がない」とも言われ、挙げ句に「もういい」と一方的に切られてしまった。私にはこんなこともできないと狼狽し、なんだか世界で自分だけがこんな状態であるという心境だった。    親しい友達以外には、難聴と言わなかったし、黙っていればわからなかった。仮に、言ったところで世界は何も変わらないし、目立ちたくない一心だったのである。クラス全員の前で恥をかきたくなかった。その後、祖父・母親・自分以外にも、弟・妹が難聴であるということがわかり、家族が難聴ばっかりでは、一体、将来はどうなるのだろう? とひっそりと悲観していた。そんな学生時代だったと思う。  さて、学生時代の最後に、友人のすすめで、メインストリーム協会の「障害者甲子園」に参加した。このときに、初めて高校生から大人の障害者達に出会った。車いすに乗っている人、介助者を使っている人、言語障害のある人、本当に色々な障害者が集まっていた。聴覚障害者もいた。  画期的なイベントで、障害者の高校生が一人で西宮に来て、介助も高校生のボランティアに手伝ってもらって自立心を養おうというイベントだった。高校生の私にとって、自分たちで手がけるおもしろさ、また、障害者との出会いがむちゃくちゃおもしろかった。これをきっかけに、有料介助のバイトを始め、地域で自立生活を送る重度障害者の介助を長い時間やることになった。何がおもしろかったかというと、重度障害者が楽しそうに人生を生きているのが魅力的だったからだ。  さて、どんな仕事にも責任がある。聞こえなかったでは済まないことがある。自立を支える、マンツーマンの介助の仕事は、軽度の障害のある私には働きやすい環境だった。とはいえ、「こうしてほしい」という指示を聞き、言語障害があっても正確に聞き取り、自己決定を尊重する良い介助者になりきれないジレンマももっていた。障害者に、何回も言ってもらわないといけないという引け目も感じた。中途半端に聞こえない私は、介助者としては向いていないなら、どんな仕事や生き方ができるのだろうと考えなければならなかった。  そんな、あるときにピアカンを受けることになる。動機は、補聴器をかけて当事者としての自覚も芽生えてきたので、いっちょ受けてみることにした。介助者だった頃には入れない世界だったし、興味があった。聴覚障害者同士のピアカンもやったが、肢体の人に言われた言葉の方が印象的だったように思う。非常に肯定的に「障害」を捉えていて、ボーダーであることを、良いことだと言ってくれたのが、新鮮だった。健常者からゆっくりと障害者になった私の周りには運良く、重度障害者たちがたくさんいたし、彼らは障害があっても自分たちを肯定し、自立した生き方ができると教えてくれた。だから、難聴である自分が嫌いだとか恥ずかしいとは思わなかったが、正直、中途半端な自分がわからなくなって、まわりに気を遣い戸惑うこともあった。そんな時に、たまたま出会った人に、健常者の経験と障害者の経験の二つがわかるということはラッキーだと言われて、目から鱗のような感覚だった。なるほど。そういう見方もあったんだと。今まで考えたことがなかったが、妙に納得し、素直に受け止められる気がした。それなら、新しい見方で自分を考えていけるような気がしたのだ。一言でいうと、「ボーダーでもええねん」という心境である。これまでは、障害者か健常者、どっちか一つと思っていたけど、なんで、そこにこだわっていたんやろうと。私は私やし、ボーダーでもええし、手帳のない聴覚障害者でもええやんと。この立ち位置を大事にしようと考えたのだと思う。  聴覚障害イコール手話というイメージも強かった。当初、聞こえない人=手話を使う聴覚障害者という観念があった。難聴は、まだ聴力も残っているし、補聴器をかけて少し聞こえるから、健常者に近いのではないかと考えていた。これは全く誤ったものの見方だったが、聴覚障害者が聴覚障害を知らないということはあり得る話である。もちろん、聞こえる人、聞こえない人、きれいにこの 2つだけではなかったのである。中間に、やや聞こえにくい人、補聴器で補う人、そして、音より視覚的に情報を補う人、その中にも手話ができない人もいて、口話や文字でコミュニケーションをとる人もいる。発声しない人、手話もミックスしている人もいた。このように色んな人がいるから、みんなが違っていて当たり前だったのである。多くの聴覚障害者との出会いで教えてもらった。  聴覚障害はおもしろい。そして、私には聴覚障害になってよかったと思える出来事がある。全国に数ある障害者の自立生活センターで、当事者スタッフと健常者スタッフを経験した人は、私ぐらいしかいないだろうと誇りに思っている。ちょっと大げさですが、言いたいことは、経験は貴重ということ。いい経験もそうでない経験も、その人の人生を豊かにすると思う。だから聴覚障害者もさまざまな経験ができる社会にしていきたい。  3年前に身体障害者手帳を取得した。聴覚障害は基準が厳しく、よほど悪くならないと手帳が認定されないが(認定制度の問題が大きい)、私は、何回も医者に行って、「聴力は相当悪いですが、障害者にはなりません。」と言われ続けた。これでは、出口のない気持ちになってしまう。世の中にはボーダーの人たちはたくさんいて、制度によって支援が受けられない人たちだ。  さて、やっと手帳をもらったときに、周りの仲間が、おめでとうと言ってくれた。車いすの先輩たちは、私の手帳をみて、「6級では、まだまだ初心者やな」「重度の方が偉いぞ」とか、ぼろかすにコメントしてくれた。まあ、仲間入りできたのが私にはとてもうれしい出来事だった。そして、難聴になって、よかったなと思えるもう一つの出来事は、身近にサポートがあることである。昨年、聴覚部門をたちあげ、自分たちでPC(ピーシー)による字幕通訳のサービスを始めた。結婚式や飲み会で、聴覚障害者に、PC(ピーシー)テイカー(編集部注:いわゆるノートテイカーのパソコン版)を派遣している。障害者個人に対して介助者が必要なのと同じで、聴覚障害者には通訳者が必要だ。ただし、始めたばかりでユーザーも少ないし、制度化されていないので行政に要望するのがもっぱらの仕事である。  聞こえなくなった私に、最初、仲間がPC(ピーシー)で通訳してくれた。会議も全部打ってくれた。涙が出るほどうれしかったが、仲間の厚意ではだめだと思った。聞こえなくても主体的に生きられる社会にしていかなければならないと思った。健常者のように振る舞い、がんばって口を読むことや補聴器で聞くことでは、私たちは自立できない。聴覚障害者が、必要なときに、通訳(手話・テイク)のサポートを使い、情報を得て、自己決定できる新しい自立を広めていきたい。そういった新しい理念で、これからの聴覚障害者運動を盛り上げて、いっしょに社会を変えていきましょう。聴覚障害者も、おもろい社会にしていこう!! 写真:「きこえまへん」と背中に書かれたTシャツを持つ山岸(やまぎし)さん。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ■人権講座報告! 今回は、2009年度の第3回、第4回、第5回をまとめての報告です!(2009年度第1回は28号に、第2回は30号で報告しています。) ◎2009年度第3回ピア大阪人権講座 「世界の盲ろう者と日本の盲ろう者」 講師 福島 智(ふくしま・さとし)さん 〈東京大学先端科学技術研究センター 教授〉    愼 英弘(しん・よんほん)さん 〈四天王寺大学大学院人文社会学研究科 教授〉 日時 2009年11月28日(土)13:30〜16:30 場所 大阪市立早川福祉会館 4階 第3会議室(ホール) 参加者 85名  2009年11月28日(土)午後1時30分から4時30分まで、大阪市立早川福祉会館にて第3回ピア大阪人権講座が実施されました。   当事者、支援者、教師等と各分野から85名の参加でした。当事者は聴覚障害7名、視覚障害2名、盲ろう3名、肢体障害2名でした。多数の参加であったこと、教師の参加が多かったことが特徴的でした。 写真:舞台を背に、左側に愼(しん)さん、右側に福島(ふくしま)さんと通訳者の方が並んで話をされている様子。   講座内容は「世界の盲ろう者と日本の盲ろう者」で、東京大学先端科学技術研究センター教授の福島智(ふくしま・さとし)さんをお招きして、四天王寺大学大学院人文社会学研究科教授の愼英弘(しん・よんほん)さんと対談していただく形式でおこないました。  まず、愼(しん)さんから「日本の盲ろう者福祉の概要」についてお話しされ、日本における盲ろう者福祉の歴史を明らかにするために、盲ろう者の認識、当事者運動の展開、盲ろう者固有の福祉サービスの制度化の3点に焦点を当てて述べられました。 写真:舞台を背に愼(しん)さんが話をされている様子。  福島さんからは、第9回ヘレン・ケラー世界会議に出席してのお話がありました。アフリカ東部のウガンダで開催され、世界40カ国以上から盲ろう者100人前後を含むおよそ400人が参加し、このうち主催国であるウガンダからの参加者が100人以上を占めたそうです。今回の世界会議では、国連で採択された障害者権利条約を盲ろう者の福祉増進のためにどのように活用すべきかというテーマが中心に据えられ、この大テーマに沿って、「通訳者、介助者、その他の支援者を得るためにどのように国連障害者の権利条約を活用できるか」など、11の分科会が設けられたという内容でした。 写真:舞台を背に福島(ふくしま)さんが話をされている様子。  また、福島さんから、東京都台東区の浅草橋駅に近い小さなビル、その2階フロアに2009年5月27日、「東京都盲ろう者支援センター」が開所。自治体が直接補助を行う総合的な盲ろう者支援の事業拠点の設置は、日本で初めてのことであるとのお話がありました。  そこから40分間、愼(しん)さんと福島(ふくしま)さんとの対談形式で話はすすめられました。愼(しん)さんから福島(ふくしま)さんに対して質問をしていく内容で、昔話もでて、ユーモアを交え心温まる話が多かったです。  会場からの質問も活発にでて、両講師がそれぞれの質問に忌憚なく応答しておられました。 ◎2009年度第4回ピア大阪人権講座 「安心して暮らすための成年後見制度」 〜今を知り、今後につなげよう〜 講師 藤原 一男(ふじわら・かずお)さん 〈大阪市成年後見支援センター 副主幹〉    稲村 啓子(いなむら・けいこ)さん 〈社団法人大阪社会福祉士会 相談センターぱあとなあ 運営委員〉 コーディネーター 田村 満子(たむら・みつこ)さん 〈大阪市成年後見支援センター 専門相談員〉 日時 2010年1月16日(土)13:30〜16:30 場所 大阪市立早川福祉会館 4階 第3会議室(ホール) 参加者 44名   2010年1月16日(土)午後1時30分から4時30分まで、大阪市立早川福祉会館にて第4回ピア大阪人権講座が実施されました。  当事者、支援者等各分野から44名の参加でした。当事者は肢体障害者17名(電動車椅子12名、手動車椅子2名)、盲ろう者1名、知的障害者1名と、当事者の参加が多かったのが特徴的でした。この中には、演習の一環として人権講座の準備の一部を担ってもらった第1期ピアカレッジ受講生のうち5名も含まれます。  講座内容は、「安心して暮らすための成年後見制度」 〜今を知り、今後につなげよう〜で、講師は、大阪市成年後見支援センター副主幹の藤原一男(ふじわら・かずお)さん、社団法人大阪社会福祉士会相談センターぱあとなあ運営委員の稲村啓子(いなむら・けいこ)さん、コーディネーターに大阪市成年後見支援センター専門相談員の田村満子(たむら・みつこ)さんをお招きしておこないました。  はじめに、コーディネーターの田村(たむら)さんから「成年後見制度概要説明」として、後見と保佐と補助という三つの類型があり、判断能力が要件になること。家庭裁判所に申立てができるのは本人、配偶者、四親等内の親族だが、身寄りのない方等は市町村長の名前で手続きできること。後見人のしてくれることは、財産管理についての全般的な代理権、取消権。保佐人や補助人は本人と相談して勝手にはやらない。家裁の手続きの時に、例えば、銀行の手続きがしんどいねんとか役所の手続きがしんどいねんということを助けてほしいと本人が言ったことと、申立てした内容を確認し、権限として認められる。後見人の権限の種類として、訪問販売やキャッチセールスで買ってしまった行為については、きちっと後見人や保佐人がついて権限が与えられていれば契約を無効にできる。申立ての動機としては、一つはこの制度があることを知って積極的に使っていこうというタイプで、例えばグループホームから一人暮らしをしたい場合に家を一緒に探して契約を一緒にするのも後見人の仕事。もう一つは介入・事後的な活用で、キャッチセールスや施設・家庭内の虐待について、今の環境で生活するのはしんどいと後見人・保佐人・補助人についてもらう場合がある。制度の理念である保護・本人の意思尊重・ノーマライゼーション・残存能力活用を調和していくバランスが難しいと話されました。 写真:舞台を背に、マイクを持って田村(たむら)さんが話をされている様子。  続いて藤原(ふじわら)さんから、申立ての一般的な手続きの流れについての説明がなされ、「大阪市成年後見支援センター」の紹介と、申立て支援の仕方について話されました。また、センターの発行した『成年後見申立て支援ハンドブック』からの引用の「申立てのしかた」という資料を紹介されました。なお、センターは、大阪市社会福祉研修・情報センターの3階にあり、相談費用は、職員への相談も専門相談も全て無料とのことです。 写真:舞台を背に、右手にマイク、左手に資料を持って藤原(ふじわら)さんが話をされている様子。  続いて稲村(いなむら)さんから、大阪社会福祉士会の「相談センターぱあとなあ」の取り組み紹介がありました。こちらは谷町7丁目の大阪府社会福祉会館の1階の社会福祉士会事務所の中にあり、火・木・土の午後2時から5時に相談にのります。事前に予約が必要。訪問相談も受けています。相談は有料で、1時間5000円。非課税の方は免除になるとのことです。  前半の最後に田村(たむら)さんから任意後見について、現在は判断能力に問題はないが、将来認知症になったら困るとあらかじめ準備しておくという備えの制度で、公証人役場での手続きになることが説明されました。  後半は、稲村(いなむら)さんから、知的障害の本人と高齢の母親と知的障害の妹という家族の具体的な事例を挙げながら、わかりやすく後見人の活動の紹介がなされました。後見人制度を使うことによって本人の生活圏が大きく広がったことが非常によくわかる事例でした。田村(たむら)さんから、今の事例では家族一人一人に別の後見人や保佐人がついた、私達は一人一人違うことを基本に考えており、親子であっても夫婦であっても各々に別の後見人がつく、一人一人を尊重するという補足がありました。また、後見人にはできないとされる医療同意について、インフルエンザの注射や骨折の手術や、延命をするしないの同意権は後見人にはなく、あくまで本人にあること。その場合どうしているかというと、社会的合意ということで、家族、後見人、日常的に支援している人達が医師の説明を聞いて話し合い、医師の判断を優先していると話されました。藤原(ふじわら)さんからは、市民後見人について事例を交えて話されました。市民後見人は大阪市後見支援センターで養成し、現在118人が登録、31人が市民後見人として活動しています。みな、ボランティア市民活動として、報酬請求の手続きを行わず、交通費実費のみで活動しています。3つの事例を挙げられましたが、いずれも、家の比較的近い近所の市民後見人が週1回などのきめ細かな訪問をしており、地域密着型の後見支援活動であることがよくわかる事例でした。 写真:舞台を背に、マイクを持って稲村(いなむら)さんが話をされている様子。  休憩の後、質疑応答があり、会場からの質問用紙にお三方が丁寧に答えてくださいました。最後に、お三方から、成年後見制度をアクセスしやすい制度にしていきたい、積極的に活用できるように何かあればご相談くださいというまとめをいただいて講座を終えました。 写真:会場後方からの参加者(後姿)の様子、と舞台の左から田村(たむら)さん、藤原(ふじわら)さん、稲村(いなむら)さん、が座っておられ、全体手話通訳者が右端に立って通訳されている様子。 ◎2009年度第5回ピア大阪人権講座 「退院促進支援事業について」 〜現状と今後の課題〜 講師 精神障害の当事者    羽矢 信之(はや・のぶゆき)さん 〈キム診療所 ケースワーカー〉 コーディネーター 川上 由夏(かわかみ・ゆか)さん 〈精神障害者地域生活支援センター すいすい 施設長〉 日時 2010年2月27日(土)13:30〜16:30 場所 大阪市立早川福祉会館 4階 第3会議室(ホール) 参加者 29名  2010年2月27日(土)午後1時30分から4時30分まで、大阪市立早川福祉会館にてピア大阪第5回人権講座が実施されました。  当事者、支援者、学校の教師、医療関係者等と各分野から29名の参加でした。  講座内容は「退院促進支援事業について」〜現状と今後の課題〜で、講師は精神障害の当事者、キム診療所のソーシャルワーカー羽矢信之(はや・のぶゆき)さん、コーディネーターに精神障害者地域生活支援センターすいすいの施設長川上由夏(かわかみ・ゆか)さんをお招きしておこないました。  川上(かわかみ)さんからは、退院促進支援事業についての概要説明がありました。  @退院促進事業が大阪で発祥した経過 Aなぜ退院促進事業が必要か B大阪市での実践 C退院促進事業のこれから D退院促進強化事業 E退院促進支援事業を利用して、以上の6点の話がありました。  また、人は自分のしたいこと・住みたい場所を自分で決める権利がある。しかし、社会的入院患者は選択肢を知らず、自分で選べると思っていないので、体験を通じ、選択肢を知り、自分の人生を自分で決める機会を保障するとの話もありました。 写真:舞台を背に、マイクを持って川上(かわかみ)さんが話をされている様子。  羽矢さんからは、いち診療所からの報告と課題ということで、@「施設症か障害か」 A通院しながら暮らすこと〜Aさんの報告から〜で、「この事業の値打ち」「支援の基礎は『安心感』(本人の実感として)かつ『つながり』(周囲の支援体制と仲間の存在)」 B見えてきた課題〜人手と意識、そして声を〜「地域で暮らし続けるための体制の充実〜生活支援と医療」「病院の退院促進機能の向上」「この事業自体について」以上のように、キム診療所の日常的な患者への関わりを紹介しながら、具体的な事例をとおして、大きく3点の報告がありました。  退院促進支援事業を使って退院した当事者が、川上(かわかみ)さんとの対話形式でどのようにしてこの事業を知ったか、また川上(かわかみ)さんとの出会いにより入院から退院後、現在まで至った経過、地域での生活の体験や感想を語りました。 写真:舞台を背に、マイクを持って羽矢(はや)さんが話をされている様子。  川上さんより今後の課題として、病院側からこの事業の推薦者がなかなかあがってこない。病院のスタッフ、患者、地域への啓発が必要で、マンパワーの不足が今後の課題であり、来年度からいよいよこの事業を検討する会議がはじまる、との話がありました。  会場からも活発な質問がいくつもでて、各講師、コーディネーターが丁寧に答えていました。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ■編集後記  ★『ピア大阪ニュースドリーム』31号をお届けします。いきなりの走り梅雨、寒暖の差が大きな5月を経て梅雨の6月です。みなさま体調など大丈夫でしょうか。夏に備えておからだ大切に。 ★31号は通常分の三冊分のボリュームです。これはピアスクール感想文集とピアカレッジ感想文集がセットで入ったことによるものです。ぜひ、最後までお読みいただけたらと願います。 ★『ピア大阪ニュースドリーム』の購読を希望される方は、お気軽にピア大阪までご連絡ください。購読会員で未更新の方は、今年度分の年間購読料の振り込みをよろしくお願いします。なお、点字版・テープ版・テキスト版も作成しています。ピア大阪のホームページでもご覧になれます。 Y・N(ワイ・エヌ) 2010年6月23日 編集 社会福祉法人 大阪市障害者福祉・スポーツ協会 自立生活支援センター・ピア大阪 〒546−0033 大阪市東住吉区南田辺1−9−28 大阪市立早川福祉会館内 電話 06−6622−1180 FAX(ファックス) 06−6622−0423 ホームページ http://www.fukspo.org/peerosk/ 年間購読料 500円 -----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------