■表紙 KSKQピア大阪ニュースドリーム24号 2008年12月発行 2008年度 第3回ピア大阪人権講座報告 表紙写真 2008年度『第3回ピア大阪人権講座』舞台を背に左側からコーディネーターの小林敏明(こばやし・としあき)さん、そのお隣には右側へ講師の池田直樹(いけだ・なおゆき)さん、高岡健(たかおか・きけん)さんと順に座っている様子   ●お知らせ● 視覚ガイドヘルパー養成講座を1月27日(火)・29日(木)・30日(金)で行います。(40名定員) ※手話通訳者を配置します。  --------------------------------------------------------------------------------------------------- ★内容★ ◎連載企画「私にとっての障害受容」パート10 ◎2008年度 第3回 ピア大阪人権講座報告 ◎「大阪市重度障害者等入院時コミュニケーション事業」について ◎現状と課題 入院中 私も困りました! 坂口 登さんの場合 ◎付録「視覚ガイドヘルパー養成講座」チラシ ※このニュースドリーム24号では、大見出しの先頭には■、小見出しには◎を付けています。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■連載企画!!「私にとっての障害受容」パート10 イラスト 封等と一輪の花 当事者なら障害があることで一度は悩みしんどい思いを抱えたことがある人は多いと思います。障害受容ができにくい理由は人それぞれですが、何かをきっかけにもっともっと自分を好きになって楽しい人生を送ってもらいたいという願いを込めて『ニュースドリーム』では当事者の方々の障害受容をめぐっての連載をしています。第10回目の今回は自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターで活動されている内村恵美(うちむら・えみ)さんです。  ◎プロフィール 名前 内村 恵美 (うちむら・えみ)  障害 シャルコマリートゥース氏病  性格 マイペース 好きな食べ物 ミルクティー 嫌いな食べ物 苦い野菜 好きな言葉 TAO(タオ)中国の思想家の言葉で自然体という意味。 写真:内村(うちむら)さんがストローの入っている缶を持って男性にジュースを飲ましてあげている様子 ◎タイトル:「TAO(タオ):自然体」  ピア大阪から「障害受容について書いて〜」と連絡をもらい、私の障害受容・・・今、どれほど受容できているのかわからないけど、28年間の人生を振り返ってみた。 あっ! 年齢がばれた。  私の障害は「シャルコマリートゥース氏病」(以下、シャルコマリー)といい、四肢の筋力が低下していく進行性の病気で小学1年の時に足の痛みや変形、症状が出てきてシャルコマリーとわかった。  シャルコマリーとわかっても生活に困ることがなく、自分では「なんか病気になったんやぁ〜」と思うぐらいでいた。  小学4年の時、手術のため障害児施設に入り、障害をもつ人と出会い、手術をして一時的に歩けなくなったことで、初めて障害というものが自分の中に入ってきた。 歩けない、自分で出来ないということが嫌でショックで受け止めれず、手術後、母親に「殺してほしい」と泣き叫んだのを覚えている。  約1年間、いろんな障害児と一緒に生活する中で、その時自分で出来ないことは受け入れることができ、出来ることを精一杯維持しようという思いと、筋力低下と共に出来ないことが増えてくる不安はあったけど、これが私の病気なんやぁ〜と思うようになった。  まず、障害第一受容???  小中高と23歳まで地域の学校・一般企業と手術・リハビリのため障害児施設を何度も出入りを繰り返した。  地域の生活では、学校・会社のペースについていけない自分がありありと見えて、頑張っているのについていけない、頑張っても頑張ってもみんなと同じようには出来ず、みんなと出来ないことは一人だけ別行動にさせられたり、無理をしすぎて体調を崩してしまったりで・・・友達は個々には理解はしてくれるけど、集団行動になると学校・会社は私のペースを理解はしてくれなかった。  しんどいと言うと心配をかけるから言えない、出来ないことを言うと誰かがやってくれるから気を使って言えない、頑張っているのに出来ない悔しさ、みんなと別行動の寂しさ、いろんな思いがゴチャゴチャして、家に帰ってから一人でよく泣いていた。  でも、通学・通勤帰りや休憩時間、休日など友達といてる時は本当に楽しかったから、なんとかやってこれたんやと思う。  施設での生活は、設備は整っているし、出来ないことは出来ないと言えるし、私ペースで過ごせるので、地域生活のようなしんどさや悔しさ、不安はなかったけど、親や友達と会えない遊べない寂しさ、好きなテレビが観れない。お年頃なのにお風呂が週に2回しか入れないなど、家にいたら普通に過ごしていることが施設では出来ない。  普通のことを我慢しないといけなくて、施設でも一人でおれる場所を見つけて、我慢の限界がきたら一人でよく泣いていた。  地域でも施設でも、常に何かに無理をして頑張っていたり、我慢していたりで、心身が休まることはなかったから、せめて自分だけは自分の本心を押し潰さず、正直にいたいと思ってTAO(タオ):自然体という言葉が好きになり、よく泣くようになった  22歳の時、風邪で全身の筋力が低下し、自分自身では何も出来なくなった。何も出来ないことが嫌でショックで死にたいと思った。  でも、リハビリのため障害児施設に入り、子どもたちと過ごす中で、子どもたちは私に何かしてくれる訳ではないけど、笑わせてくれて癒してくれて元気にさせてくれて・・・出来る出来ないじゃなく、いてるだけでいい、人ひとり生きてる存在の大きさ・意味を改めて感じた。  リハビリでなんとか自分で日常生活が送れるぐらいには戻ったが社会復帰はしんどく、会社を辞めて自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターと出会った。  夢宙(むちゅう)は「障害の部分で無理をして頑張らなくていい、出来ないことは頼んだらいい」と言ってくれて、周りから初めて「頑張らなくていい」と言われたから、気持ちがなんかスーッと楽になった。  私のペースを理解してくれる環境、介助者を入れるようになり、車椅子に乗るようになり、今までの自分が出来る出来ないにこだわっていたことがよく見え、長年の環境が無理して頑張ること我慢することが当たり前になっていて麻痺してたのがわかった。  夢宙(むちゅう)からいろいろ伝えてもらい、仲間と過ごす中で、自分は何をしたいのか? どうしたいのか? と、自分で出来る出来ないじゃなく、やりたいことを考えるようになった。  はじめは介助を入れるのに戸惑いや苦戦があったり、車椅子に乗るのに抵抗があったけど、過ごしていくうちに無理して頑張らず、我慢せず、自分のやりたいことが出来ていってるのが見えてきた。 諦めていたことを叶えていくようになった。  一般企業時代は会社に行くので精一杯で一人暮らしは断念していたけど、今は一人暮らしをして3年目。  装具を履いて歩いていたから好きな靴がはけなかったけど、車椅子に乗るようになって好きな靴を履くようになった。  介助者がいてるから好きな服を着たり、ヘアスタイルもその日その日好きなスタイルに変えれて、おしゃれも出来て・・・。  まだまだやりたいことはたくさんあるから私ペースでこれからもやっていく!!  諦めていたことを工夫や介助を入れて叶えていってるうちに生活のイメージがつくようになり、いつの間にか筋力低下の進行に対しての不安や怖さがなくなっていた。  障害第二受容???  障害の部分で、やっと心身落ち着いて楽しみながら生活を送れているような気がする。  今は大丈夫と思えているけど、進行具合や何かあったときにその時、その状況を受け入れられる自分であるかはわからない。わからないけど、以前のようにせめて自分だけは・・・隠したTAO(タオ):自然体ではなく、どんな状況でも隠さずTAO(タオ):自然体でいられる生活を送っていきたいと思う。 写真:内村さんが中央に居て、その周りに8名の自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターのスタッフ達が囲み皆が笑顔で写っている様子 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■2008年度 第3回 ピア大阪人権講座報告 累犯する障害者を支えるには 〜司法と福祉の結びつきを〜 講師  池田 直樹(いけだ・なおき)さん <障害者と人権全国弁護士ネット副代表 弁護士> 高岡 健(たかおか・けん)さん <岐阜大学医学部精神神経科 准教授>    コーディネーター 小林 敏昭(こばやし・としあき)さん <『そよ風のように街に出よう』副編集長> 日時: 2008年10月25日(土)13:30〜16:30 場所 : 大阪市立早川福祉会館(おおさかしりつはやかわふくしかいかん) 4階 第3会議室(ホール)  参加者:47名(内、肢体障害者5名、聴覚障害者2名、介助者3名)  最初に、コーディネーターの小林(こばやし)さんから、累犯障害者という言葉は比較的新しい言葉であるが、背景には、地域で暮らす障害者が圧倒的に増えたこと、裁判員制度が始まることで裁判や刑事司法に国民の関心が高まったこと、また、元衆議院議員の山本譲司(やまもと・じょうじ)さんが政策秘書給与流用事件を起こし実刑判決を受け塀の中に入り、その体験をもとに著書『獄窓記(ごくそうき)』『累犯障害者』で刑務所の中に多くの知的障害者がおり、累犯者が多い実態があることを紹介し、社会的関心を呼ぶようになったことがあると話された。  また、一昨年の統計から、知能指数69以下の人が新しい受刑者の22パーセントを占めていること、池田(いけだ)さんのレジメにある資料、田島(たじま)研究班の研究報告「罪を犯した障がい者の地域生活支援に向けての提言」の中では刑務所の実態、出所後の障害者の実態が明らかにされ、今後の支援の具体的提言がなされていると紹介された。  そして、累犯障害者を支えるために、周りの人がどのように関わり、どのような社会的システムを作り上げていけばよいのかを本日のお二人の話からヒントを得てほしいと提起された。 写真:小林(こばやし)さんが舞台を背に座っている様子  池田(いけだ)さんは、知的障害者が万引きを繰り返すとどうなるか? という事例をあげ、最初は店長の注意で終わるが、繰り返すことで、軽い罪であっても実刑となり、刑務所へ収容されるに至り、さらには出所後も罪を重ねる知的障害者に司法はどうかかわっているかを弁護士の役割とあわせて話された。  刑事事件については、弁護士として特に注意を払わなければならない点として、ひとつ目に、知的障害者が適切な裁判が受けられるように捜査の中で有罪での方向での誘導を受けないようにアドバイスする必要があり、2つ目に、裁判の中でその責任能力が低い場合は、刑を軽くしてもらうために、どのように裁判所に説明していくのかを話された。そして、判決後には、弁護士も社会復帰の支援チームの一員として、累犯障害者の社会生活支援に取り組んでいく必要があると話された。 写真:舞台を背に池田(いけだ)さんがマイクを持ってお話をされている様子  高岡(たかおか)さんは、 知的障害者がこの世の中でどのような位置にあるのかという視点から、1890年代は重工業発展の時代であり、世の中についていけない者は社会から排除され、隔離、収容されていた時代であること。第2次世界大戦から戦後の高度成長期は、治療を施しても社会の中に溶け込めない者を排除した時代であること。現在は、福祉を含めた予算をどんどん縮小して小さな政府をつくる代わりに自己責任ということで個人に責任を押し付けていく新自由主義といわれる時代であり、施設へ収容するのではないが社会の中で管理しようとする特徴をもっており、それは、私たちが求めるノーマライゼーションと相反するものであると話された。  また、自閉症の概念が作られてきた経緯を世界の流れの中から説明するとともに、知的障害をもたない自閉症といわれる人の犯罪、両方の障害を併せもつ人の犯罪に至る経緯を、愛知県岡崎市のホームレス襲撃事件や精神鑑定医としてかかわった浅草レッサーパンダ事件などから話し、そこで見えてくる自閉症の人の特性、訴訟能力、受刑能力、責任能力について話された。  とりわけ、自閉症の人の特性として、周りの影響を受けやすい、目からの情報が必要である、応用が利かないので急なパターンの変更はしてはいけないといったことが挙げられるが、その障害特性をよく理解して支援をしていくことが大切であると話された。【文責:年未(としま)】 写真:舞台を背に高岡(たかおか)さんがマイクを持ってお話をされている様子 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■大阪市重度障害者等入院時コミュニケーション事業 イラスト:病院の建物と看護師  大阪市では、意思疎通が困難な重度の障害者が医療機関に入院する場合に、本人の希望によりコミュニケーションサポート事業従事者を派遣し、病院スタッフとの意思疎通の円滑化を図ることを目的として、平成20年10月より「大阪市重度障害者等入院時コミュニケーションサポート事業」が開始されました。  支援の内容は、入院時における病院スタッフと意思疎通の円滑化を図る支援で診療報酬の対象となるサービスは除きます。  また、利用にあたっては、事前に対象者の認定申請が必要です。申請方法については、お住まいの区の保健福祉センターにお問い合わせください。 1.対象者  以下の要件を全て満たしている意思疎通が困難な身体・知的・精神障害者(児) @障害程度区分6 A現に、居宅介護、重度訪問介護、重度障害者等包括支援のいずれかを利用している者 B大阪市在住の単身生活者又はこれに準じる世帯の者 C下記の全ての障害程度認定調査項目(※)が「できる」以外と認定されている者 (※)・・・コミュニケーションに関する項目 「6−3 ア.意思の伝達」 「6−3 イ.本人独自の表現方法を用いた意思表示」 「6−4 ア.指示への反応」 「6−4 イ.言葉以外のコミュニケーションを用いた説明の理解」     2.実施事業者   居宅介護事業、重度訪問介護事業、重度障害者等包括支援事業のいずれかの指定事業者で、現に利用者へのサービス提供を行っている事業者。 ※実施事業所の認定については、利用者の入院が決まった際の利用申請時に、在宅生活時において利用者と契約している事業所であることを確認し、利用期間等とともに対応可能事業所として支給決定を行うため、事前の事業所指定や登録手続きを行う必要はありません。 3.従事者要件   「2.実施事業者」に所属するヘルパーで、利用者との意思疎通に熟達している者。 4.サービス内容  入院時における病院スタッフとの意思疎通の円滑化を図るための支援とする。ただし、診療報酬の範疇となるサービスは対象としない。 イラスト:ベッドに女性、横で看護師が話しかけている様子 5.支給期間   支給期間は、診断書に基づき確認を行い、対象者の入院期間のうち、入院初日から連続した14日目までを基本とする。 6.報酬単価 @1日あたり4時間を越える支援を行った場合・・・1日あたり 7,000円 A1日あたり4時間以下の支援を行った場合・・・1日あたり 1,500円×対応時間 7.利用までの流れ   対象となると考えられる者は、あらかじめ各区保健福祉センターに認定申請を行い、対象者であることの認定を受ける。  認定後、入院が必要となった場合は、各区保健福祉センターに診断書等必要な書類を添えて、利用申請を行い、支給決定通知書の発行をうけることで本事業の利用が可能となる。(利用申請は原則的に入院前に行うものとする。) 8.利用者負担   原則1割負担(1日あたり最大700円)とし、障害福祉サービスの考え方に準じて設定された上限月額設定を行う。ただし、同一の上限管理とはしない。 9.実施時期   平成20年10月1日 実施 ※今回取り上げさせていただいた制度は大阪市の事業となっています。各市町村で取り扱いが異なりますのでご注意ください。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■〜現状と課題〜 入院中 私も困りました! 坂口 登(さかぐち・のぼる)さんの場合 写真:電動車いすに乗った坂口 登(さかぐち・のぼる)さんの上半身  10月より大阪市で「大阪市重度障害者等入院時コミュニケーションサポート事業」が始まりました。  これまで、重度の障害者にとって大きな課題であった入院時のサポートができる福祉制度です。医療と福祉の垣根を越えるとても大きな一歩と言える制度です。  しかし、今回の大阪市の制度では、サービス利用対象者がとても厳しく限定されており、まだまだ利用できずに困っている障害者がいる現状には変わりありません。  そこで今回、実際に入院し困った経験がある坂口 登(さかぐち・のぼる)さんにインタビューし、当事者の声としてお届けできたらと思います。  坂口さんは、脳性まひによる二次障害で、首の手術をされました。普段は介助者をつかって全介助で地域で一人暮らしをされています。しかし、入院中は介助サービスを利用できないため、言語障害のある坂口(さかぐち)さんにとっては医療スタッフとのコミュニケーションもかなり大変だったようです。 そんな坂口(さかぐち)さんも今回の「大阪市重度障害者等入院時コミュニケーションサポート事業」の対象者から外れており利用できない一人です。みなさんにも重度障害者が医療を受ける際に、何を必要としているのか知っていただければと思い取り上げさせていただきました。(杉井:すぎい) ◎入院生活Q&A 坂口 登(さかぐち・のぼる)さんに聞いてみました 1、おととし、入院されたとお聞きしましたが、どのような理由で入院されたのですか? 坂口(さかぐち):首の神経が通るところがだんだん細くなってきて、その圧迫で今まで動いていた手や足がちょっとずつ動かなくなってきて、少ししびれもあった。それでA病院でレントゲンを撮って首の骨がちょっとおかしいから紹介状を書いてもらい、B病院に行って、いろんな検査をやったところ、「頚椎の第3番から第4番が圧迫されていて、神経も通りにくくなっているから運動機能が低下してきています」と言われた。そして、治療のひとつとして手術を勧められた。  おととしの2月16日にB病院に入院。1週間位で手術をした。4月の初旬ぐらいにリハビリのためC病院に転院した。その後、3ヶ月位C病院で入院した。 2、入院時の身の回り介助等はどうされていたのですか? 坂口(さかぐち):最初のB病院は、1週間の半分は、入院前から利用していた自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターの介護派遣部門であるぴっとin(イン)のヘルパーが昼ごはんの時間帯に3時間位ボランティアで入ってくれたので助かった。それと入院した時に、食事などの介助をどうするかを看護師さんと話し合いをし交渉をしていたので看護師がまあまあ食事介助とかもやってくれていた。残りの半分は家族が。僕には65歳のお母さんと、6人の兄弟がいる。その中の姉と二番目の妹が主に身の回りのことをしてくれた。  C病院に変わって、僕はちょっとむかついた。僕はハローベストを付けていて、術後の痛みなどで交渉ができない状態だったので、ぴっとin(イン)のコーディネーターが代わりに話をしてくれた。話し合いの結果、「できればご家族の方に身の回りの世話をしてもらいたい」と言われた。結局、家族が主となり、あと、友人達が見舞いを兼ねて介助してくれた。 写真:ハローベスト(頭部固定の装具)をつけて険しい表情の坂口(さかぐち)さん 写真下の説明文:手術後ハローベストを付けてとても痛そうな坂口(さかぐち)さん 3、医療では「完全看護」とよく言われていますが、ほぼ常時介助を使い地域で生活されている坂口(さかぐち)さんにとって「完全看護」は充分な介助体制でしたか? 坂口(さかぐち):全然充分じゃなかったですよ。入院というのはやはり、どこか悪くなって入院するんでしょ。精神的にも不安定になるやろし・・・。病院が24時間看護ということをうたっているなら、それなりのきめこまかい看護をやってほしかったと思う。人権という意味でも僕は入院当時は人権が侵害されていたと思う。ナースコールのボタンを押して呼んでも、すぐには来てくれなかったし、普段は使用していなかったおむつにされたりした。実際、家に帰った時には、僕は2ヶ月位、おしっこの感覚も便の感覚も鈍っていた。病院は退院後のことを本当に考えてくれていたのか? 管を入れられたりすると、やっぱり尿の感覚というのは鈍る。寝ながら、うんこなんかできるか? 本当にC病院は重度障害者にとってのコミュニケーションも保障してくれなかった。だから病院というのは、僕は、治って出て行く時にできるだけスムーズに元の生活ができるようにというのを望むなぁ。食事も完全看護と言いつつ現実には食事介助をしてもらえなかったから・・・。僕のように家族の支えがあったから良かったが、ほんまの一人やったらどうすんねんと思う。患者によっては、家族の付き添いによって働き手の収入を失う人もいるだろう。  病院に聞きたいねんけど、どの基準で完全看護と言うのか、基準が僕にはわからない。僕かって、母や姉や妹に迷惑をかけた。食事やトイレなど最低限の看護というのを病院に求めたい。 イラスト:女性が寝ている男性の上体を持ち上げ、起き上がりを手伝っている様子 4、今回、入院されて一番大変だったことはなんですか? 坂口(さかぐち):付き添いのことやね。コミュニケーションもそうだし。言語障害が通じなかった。看護師さんにもいろんな人がおるけど、言葉が通じない人には話しかけても無駄だから、聞き取れない人には話しかけなかった。あとは、付き添いの大変さやね。65歳を過ぎた母親に介護されるのはどうなんかなぁ? 自分自身も母親相手で頼みやすく楽な部分もあるが、母の体のこともあるし、しんどい部分もあった。 5、大変だったとき、どのようなサポートや制度があればいいなぁと感じましたか? 坂口(さかぐち):時間は別に短くても良いねんけど、ヘルパー制度が使えるようになってほしい。入院しても使えるヘルパー制度であってほしかった。 6、今回の新しい制度「大阪市重度障害者等入院時コミュニケーションサポート事業」を坂口(さかぐち)さんはご存じでしたか? また、坂口(さかぐち)さんご自身は、今回の制度の対象とならないことをご存じでしたか? 坂口(さかぐち):知っていた。区分6で、自分は言語障害があるが「意思の伝達」「指示への反応」など障害程度認定調査項目が「できる」以外と認定されている者と書いてあったから、僕は該当していないというのはわかったけど、この制度はないよりあった方が良いと思った。この取材を通じてこの制)をもっとたくさんの人に知っていってもらって、やはり、この制度(自体は良い制度だから、もうちょっとみんなが利用できるような改善をしてくれたらと思う。 7、入院経験のある坂口(さかぐち)さんにとって今回の制度をどう感じていますか? また今後どう変わってほしいと思いますか? 坂口(さかぐち):僕はある部分恵まれた環境にあったと思う。相談できる自立生活夢宙(じりつせいかつむちゅう)センターやぴっとin(イン)という介護派遣の事業所があって、仲間がいて、家族も協力的だった。僕以外の人達なら絶対、家族が毎日来ることは負担が大きい。  あと、この制度の支給期間が2週間というのは、何が基準なんだろうか? 大きな病気はできないということなのか? 風邪とか麻疹とか盲腸なら2週間でいけるかも知れないが疑問を感じる。 僕はたまたま兄弟が多くて兄弟に助けてもらったけど、そういう人ばかりじゃない。身内がいなかったり、いても遠方にいたりなど支援してもらえない人もいる。経済的なことも関わってくる。 この制度ができたことは本当に良かった。だけど、制限が厳しい。最後に、僕が言いたいのは、誰もが医療にはかかるものだと思うから、やっぱり、障害があってもなくても充実した医療を受けたいなぁという願いがありますね。  手術をした後は特に痛みもきつく言葉が出にくい。そんな時に聞き取ってもらえないと本当に辛い。だからこそ、慣れているヘルパーが横にいてくれたらすごい心身ともに楽になると思う。  まだまだこのような制度があるということ自体を知らない人の方が多いと思われる。CIL(シーアイエル)自立生活センターに関わっていない人なんか絶対に知らないのではないかと思う。今後は、私たち当事者がもっと制度を広めていければ、変わってくるし、声をあげていくことと、改善を求めていくことが課題であり大事。区分6だけでなく、手帳を持っている障害者なら誰でも使えるようになったら良い。また、大阪市以外でもこのような制度ができたら良い。  この制度は一歩前進したと思うが、まだまだ課題は多い。障害者が安心して入院できることを願うばかりである。 (2008年10月23日取材:杉井・野谷) 写真:正面から見て右側に坂口(さかぐち)さん、左側に『ニュースドリーム』編集担当の杉井(すぎい)と野谷(のたに)が座ってピア大阪の相談室にてインタビューしている様子 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ■編集後記  『ピア大阪ニュースドリーム』24号をお届けします。今年は秋から冬への移り変わりが急激でしたが、皆さん風邪などひいておられませんか?  ピア大阪では「視覚ガイドヘルパー養成講座」を開催します。是非、受講してください。  『ピア大阪ニュースドリーム』の入手を希望される方は、お気軽にピア大阪までご連絡ください。点字版・テープ版・デイジー版も作成しています。ピア大阪のホームページでもご覧になれます。(Y・N)                             2008年 12月19日 --------------------------------------------------------------------------------------------------- 編集人 社会福祉法人 大阪市障害者福祉・スポーツ協会 自立生活支援センター ・ ピア大阪 〒546−0033 大阪市東住吉区南田辺1−9−28 大阪市立早川福祉会館内  電話 06−6622−1180  Fax06−6622−0423 ホームページ http://www.fukspo.org/peerosk/(ホームページアドレスが変わりました) 頒価200円 ---------------------------------------------------------------------------------------------------